2025年公益通報者保護法改正の概要と企業対応
2025.11.04UP!
- blog
- 2025年改正
- コンプライアンス
- フリーランス
- 企業法務
- 公益通報者保護法
- 内部通報
- 労務
- 罰則強化
2025年に【公益通報者保護法】が改正されます。この改正では、罰則強化やフリーランスへの対象拡大など、変更点が多くあります。そのため、「自社で何をすべきか分からない」とお悩みの法務・人事担当者も多いのではないでしょうか。本記事では、2025年改正の概要と、企業が取るべき具体的な対応策を分かりやすく解説します。
1. 改正の背景と目的
現行法の課題
2022年6月に施行された改正【公益通報者保護法】は、企業に内部通報体制の整備を義務付ける法律でした。しかし、施行後も以下のような問題が顕在化しました。
- 制度が機能していない実態
大規模企業において、重大な不祥事が外部からの指摘で発覚する事例が相次ぎました。これにより、内部通報制度が十分に機能していないことが明らかになりました。 - 事業者の意識の低さ
一部の事業者で、義務履行に対する意識の低さが確認されました。例えば、従事者指定義務を知りながら担当者を指名していない非上場企業も存在しました。 - 通報を躊躇させる要因
有益な通報が寄せられても調査が行われないケースがありました。また、通報者が不利益な取扱いを受けるケースも後を絶ちません。これらが、通報を躊躇させる大きな要因となっていました。
今回の改正の目的
このような状況を踏まえ、今回の法改正が行われました。目的は、制度の実効性を抜本的に向上させ、通報者が安心して声を上げられる環境を確保することです。
2. 主な改正内容と実務上の影響
今回の改正は、以下の4つの柱で構成されています。
(1) 事業者が公益通報に適切に対応するための体制整備の徹底と実効性の向上
① 従事者指定義務違反への罰則強化(常時使用する労働者300人超の事業者)
- 現行法の指導・助言、勧告権限に加え、勧告に従わない場合の命令権が新設されます。さらに、命令違反時には刑事罰(30万円以下の罰金、両罰規定)が科されます。
② 行政監督権限の強化
- 報告徴収権限に加え、立入検査権限が新設されます。
- 加えて、報告懈怠・虚偽報告、検査拒否に対する刑事罰(30万円以下の罰金、両罰規定)も新設されます。
③ 体制整備義務の明確化
- 労働者等に対する事業者の公益通報対応体制について、その周知義務が明示されます。
(2) 公益通報者の範囲拡大
フリーランスを保護対象に追加
- 事業者と業務委託関係にあるフリーランス(※)が、公益通報者の範囲に追加されます。また、業務委託関係が終了して1年以内のフリーランスも対象です。
- これにより、公益通報を理由とする業務委託契約の解除や、その他不利益な取扱いは禁止されます。
※ フリーランスの定義は、【特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律】第2条を引用
(3) 公益通報を阻害する要因への対処
① 通報妨害行為の禁止
- 事業者が労働者等に対し、正当な理由なく公益通報をしない旨の合意を求める行為は禁止されます。その他、公益通報を妨げる行為全般が対象です。
- もしこれに違反してされた合意等の法律行為があった場合、その行為は無効となります。
② 通報者探索の禁止
- 事業者が正当な理由なく、公益通報者を特定することを目的とする行為を禁止します。
(4) 公益通報を理由とする不利益な取扱いの抑止・救済の強化
① 立証責任の転換
- 通報後1年以内(※)の解雇または懲戒は、公益通報を理由としてされたものと推定されます(民事訴訟上の立証責任転換)。
※ 事業者が外部通報があったことを知って解雇または懲戒をした場合は、事業者が知った日から1年以内
② 刑事罰の新設
- 公益通報を理由として解雇または懲戒をした者に対し、直罰(6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、両罰規定)が新設されます。
- なお、法人に対する法定刑は3,000万円以下の罰金となります。
③ 公務員への保護強化
- 公益通報を理由とする一般職の国家公務員等に対する不利益な取扱いを禁止します。
- これに違反して分限免職または懲戒処分をした者に対し、直罰(6月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金)が新設されます。
施行時期: 公布の日から1年6月以内で政令で定める日
3. 企業が取るべき具体的な対応策
今回の法改正は、企業に内部通報制度の形式的な整備だけを求めるものではありません。むしろ、実質的な機能の確保を強く求めるものです。したがって、以下の対応策を速やかに検討・実施することが推奨されます。
3.1 内部通報体制の再構築と規程の見直し
対象者の拡大
- フリーランスからの通報受付を想定する必要があります。そのために、窓口設計と運用プロセスを新たに構築してください。
規程の全面レビュー
- 通報妨害・通報者探索の禁止規定を踏まえる必要があります。その上で、内部通報規程、就業規則、各種契約書(特に紛争解決時の和解契約における守秘義務条項)を専門家と共にレビューし、必要な改訂を実施します。
独立性の確保
- 経営陣による不正の通報に備えることも重要です。例えば、監査役や社外取締役が指揮をとって調査する仕組みを、あらかじめ社内規程で定めておくことも有効です。
3.2 調査プロセスの標準化と高度化
対応の標準化
- 通報受付から調査、処分までのフローを図示します。そして、5W1Hを含むヒアリングシートをフォーマット化することで、担当者が交代しても対応品質を維持する体制を構築できます。
外部委託の戦略的活用
- 窓口業務や調査業務を専門の法律事務所等に外部委託することも選択肢です。これにより、担当者の負担軽減、客観性・公正性の担保が実現します。さらに、会社全体のリスクマネジメントの感度が高まるという副次効果も期待できます。
調査能力の向上
- 調査の範囲と深度は画一的に定められません。そのため、ケーススタディを活用した検証が必要です。匿名性を確保したうえで対応事例を共有し、「別の判断もあり得たのではないか」といったディスカッションを行うなど、検証していく必要があります。
3.3 教育・周知の徹底
全社的な教育
- 改正法の重要なポイント(刑事罰の新設、保護対象の拡大等)を周知徹底します。対象は、役員、従業員、そして契約するフリーランス等、全ての関係者です。
専門教育の実施
- 公益通報対応業務従事者に対し、より専門的な教育を定期的に実施します。特に、守秘義務の重要性や改正法の詳細について重点的に行ってください。
信頼醸成
- 内部通報制度の運用実績(通報件数や対応結果の概要)を社内で公表することが重要です。これは「制度に対する信頼性を高める」上で効果があると指摘されています。
4. 今後の展望と残された論点
施行までの動向
改正法は2026年内に施行される予定です。しかし、施行までの間に、消費者庁から具体的な解釈を示すQ&Aや改訂版逐条解説、法定指針の変更などが公表される見込みです。したがって、これらの動向を注視する必要があります。
3年後の見直しに向けた論点
改正法の施行から3年後には見直しが予定されています。そこでは、今回の改正でも積み残された課題が引き続き検討されます。主な論点として、以下の事項が挙げられます。
- 公益通報者の範囲の更なる拡大
個人事業主を含む取引先事業者全体への拡大、退職者の期間制限(現行1年)の緩和など - 通報対象事実の範囲の拡大
現行法では対象外とされることが多い事案の明確な包含 - 不利益取扱いの保護範囲拡大
解雇・懲戒以外の不利益な取扱い(制裁的異動など)も報復推定や刑事罰の対象とすること - 濫用的通報への対応
制度を悪用するような通報への実務的な対処法の検討 - インセンティブ導入
米国等で導入されている報奨金制度などの経済的インセンティブの導入
これらの論点の議論が進むと、将来的に事業者の義務はさらに拡大する可能性があります。だからこそ、企業は今回の改正を遵守するだけではいけません。同時に、今後の制度変更も見据えた、持続可能で実効性の高いコンプライアンス体制を構築していくことが求められます。
Q1. 2025年公益通報者保護法改正の最大の変更点は? A1. 最大の変更点は、体制整備義務違反(従事者指定義務違反)や、通報を理由とする解雇・懲戒に対し、企業や行為者に刑事罰(罰金や拘禁刑)が導入される点です。これにより、企業の対応義務が形式的なものから実質的なものへと厳格化されます。
Q2. 今回の法改正でフリーランスはどう保護される? A2. 業務委託契約を結ぶフリーランス(業務終了後1年以内の者を含む)も、公益通報者の保護対象に追加されます。これにより、通報を理由とする契約解除やその他の不利益な取扱いは禁止されます。企業はフリーランスからの通報窓口も整備する必要があります。
Q3. 「通報者探索の禁止」とは具体的にどういうこと? A3. 事業者が正当な理由なく、通報者を特定しようとする行為(例:アクセス履歴の調査、聞き込み)を禁止するものです。これは通報者の心理的負担を軽減し、通報を躊R躇させないための措置です。通報者の匿名性・秘匿性を守る体制構築がより重要になります。
Q4. 内部通報制度の対応を弁護士に外部委託するメリットは? A4. 法律の専門家である弁護士に窓口や調査を委託することで、法改正に準拠した客観的・公正な調査が可能になります。また、担当者の負担軽減や、通報者の匿名性確保による信頼性向上も期待できます。特に経営陣が関わる不正事案において、独立性を担保できます。
