裁量労働制の5つの重大な誤解(2024年改正対応)
2025.11.14UP!
- blog
- 2024年法改正
- 人事労務
- 企画業務型裁量労働制
- 健康確保措置
- 労働基準法
- 労働時間管理
- 専門業務型裁量労働制
- 法務
- 裁量労働制

裁量労働制とは、業務の性質上、その遂行方法や時間配分を労働者の裁量に大幅に委ねる必要がある業務について、あらかじめ定めた時間(みなし労働時間)を労働したものとみなす制度です。しかし、この制度は誤解されがちです。
❌ 誤解1:「残業代を払わなくていい制度」
正解:深夜・休日労働、および「みなし時間」が法定を超える部分は割増賃金の支払いが必要です。
裁量労働制であっても、以下の割増賃金の支払い義務は免除されません。
- 深夜・休日労働の割増賃金
【労働基準法】第35条(休日労働)および第37条(深夜労働:22時~5時)の規定は、裁量労働制にも適用されます。適用労働者が休日・深夜労働をした場合、みなし労働時間ではなく、実際に働いた時間に応じて割増賃金を支払う必要があります。 - 法定外労働時間に関する割増賃金
みなし労働時間を法定労働時間(1日8時間)を超えて設定する場合(例:1日9時間)、その超えている部分(この例では1時間)は、割増賃金の支払い対象です。この場合、別途、時間外労働に関する協定(36協定)の締結も必要になることがあります。 - 相応の処遇の確保
使用者は、みなし労働時間の設定にあたり、対象業務の内容等を踏まえて適切な水準とし、手当の支給や基本給の引上げなどにより「相応の処遇」を確保することが必須です。
❌ 誤解2:「労働時間を管理しなくていい」
正解:2024年4月以降、労働時間の状況把握と健康確保措置は法令上の義務です。
【労働安全衛生法】により、以下の対応が明確に義務化されました。
- 労働時間の状況把握の義務と方法
使用者は、【労働安全衛生法】第66条の8の3等により、労働時間の状況を把握する義務があります。これは、労働者がいかなる時間帯にどの程度の時間、労務を提供し得たかを把握するためです。- 把握方法: タイムカード、PCの使用時間の記録など客観的な方法が原則です。
- 自己申告の制限: 労働者の自己申告は原則として認められません。客観的な方法で把握し難い場合に限り許容されますが、タイムカード等のデータがある場合は自己申告のみによる把握は違法となります。
- 健康・福祉確保措置の義務的実施
労使協定(専門業務型)または労使委員会の決議(企画業務型)において、把握した労働時間の状況に応じた健康・福祉確保措置の具体的内容を定め、実施することが必須です。- 措置の例: 勤務間インターバル(終業から始業までの休息時間)の確保や、労働時間が一定を超えた場合の制度適用解除などが含まれます。
- 記録の作成・保存義務
労働時間の状況、健康・福祉確保措置の実施状況、苦情処理の実施状況、労働者本人の同意・撤回に関する記録を、協定等の有効期間中および期間満了後3年間保存する義務があります。
❌ 誤解3:「どんな業務でも導入できる」
正解:対象業務は法律で厳格に限定されています。
業務の性質上、労働者の裁量に委ねる必要性が客観的に認められることが必要です。
- 専門業務型(【労働基準法】第38条の3)の厳格な限定
対象となるのは、省令・告示で定められた**20業務のみ**です。- よくある誤り: 「エンジニアだから全員適用」は誤りです。情報処理システムの「分析または設計」は対象ですが、「プログラマー」や「助手」は対象外です。また、一般的な営業活動や企画は専門業務型の対象に含まれません。
- 企画業務型(【労働基準法】第38条の4)の4要件
企画業務型は、以下の4要件をすべて満たす必要があります。
イ. 事業の運営に関する事項についての業務であること
ロ. 企画、立案、調査及び分析の業務であること
ハ. 業務の性質上、その遂行方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があると客観的に判断される業務であること
ニ. 業務遂行の手段及び時間配分の決定等に関し、使用者が具体的な指示をしないこととする業務であること- よくある誤り: 「企画部門だから全員適用」は誤りです。使用者から始業・終業時刻のいずれか一方でも指示されている場合は対象外です。業務量が過大で事実上裁量がない場合も適用できません。
- 労働者本人の個別同意の義務化(令和6年4月1日~)
さらに、両方の型において、制度の適用には**労働者本人の個別の同意**を得ることが必須となりました。同意しない労働者への不利益な取扱いは禁止されます。
❌ 誤解4:「会社が一方的に導入できる」
正解:労使の合意と「本人の個別同意」が必須です。
特に、令和6年4月1日から追加された「労働者本人の個別同意」が重要です。
- 労働者本人の個別同意と十分な説明義務
使用者は、裁量労働制を適用するにあたり、対象労働者本人の同意を個別に、書面または電磁的記録で得る必要があります。
同意を得る際は、以下の事項を明示して説明しなければなりません。- 制度の概要(みなし労働時間を含む)
- 同意した場合に適用される賃金・評価制度の内容
- 同意しなかった場合の配置・処遇
十分な説明がなされず、労働者の自由な意思に基づかない同意は、労働時間のみなしの効果が生じません。
- 不利益取扱いの禁止(同意/撤回関連)
労使協定または労使委員会決議において、以下の不利益取扱いの禁止を定めることが必須です。- 制度の適用に同意しなかった労働者に対する不利益な取扱い(解雇、減給、降格など)の禁止。
- 制度適用後に同意を撤回した労働者に対する、撤回を理由とした不利益取扱いの禁止。
❌ 誤解5:「年俸制にすれば裁量労働制も自動的に適用」
正解:年俸制と裁量労働制は全く別の制度です。
年俸制は「賃金の支払い方法」を定める制度であり、裁量労働制は「労働時間の計算方法」を定める制度です。両者は独立しています。
- 制度の目的と手続きの分離
裁量労働制を適用するには、労使協定(専門業務型)または労使委員会の決議(企画業務型)と、所轄労働基準監督署への届出が必須です。年俸制の導入にこれらの手続きは不要です。 - 賃金・評価制度と裁量労働制の連携
裁量労働制を導入する際は、手当の支給や基本給の引上げなどにより「相応の処遇」を確保することが求められます。このため、賃金・評価制度(年俸制を含む)の内容は、裁量労働制の導入と密接に関連します。 - 年俸制でも必要な労働時間管理
年俸制であっても、裁量労働制を適用しない場合、または裁量労働制を適用しても深夜・休日労働については、実労働時間に基づいた管理と割増賃金の支払いが必要です。
裁量労働制の2つの類型と法的根拠の詳細
裁量労働制には「専門業務型」と「企画業務型」の2類型があり、それぞれ【労働基準法】(労基法)に基づき異なる要件が課されています。
専門業務型裁量労働制
- 法的根拠: 【労働基準法】第38条の3
- 導入手続: 労使協定の締結
- 届出先: 所轄の労働基準監督署に協定届を届け出る
- 定期報告: 不要
企画業務型裁量労働制
- 法的根拠: 【労働基準法】第38条の4
- 導入手続: 労使委員会での委員の5分の4以上の多数による決議
- 届出先: 所轄の労働基準監督署長に決議届を届け出る
- 定期報告: 必要(初回は6か月以内に1回、その後1年以内ごとに1回)
専門業務型裁量労働制(【労働基準法】第38条の3)
専門業務型は、業務の性質上、遂行の方法や時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なものとして定められた**20の業務**が対象です。
- 情報処理システムの分析・設計
- ユーザーの業務分析等に基づいた最適な業務処理方法の決定、入出力設計、アプリケーション・システムの設計等。
(適用されない例 ⚠️)プログラムの設計又は作成を行うプログラマーは含まれません。 - 新商品・新技術の研究開発
- 材料、製品、生産・製造工程等の開発または技術的改善等。
(適用されない例 ⚠️)研究開発業務に従事する者を補助する助手は対象外です。 - 新聞・出版の取材・編集
- 記事の内容に関する企画、取材、原稿作成、割付け・レイアウト・内容チェック等。
(適用されない例 ⚠️)単なる校正の業務は含まれません。 - プロデューサー・ディレクター
- 制作全般の責任、企画の決定、予算管理等を総括(プロデューサー)、スタッフを統率し現場の制作作業を統括(ディレクター)。
- システムコンサルタント
- 情報処理システム活用に関する問題点の把握、または活用方法に関する考案もしくは助言の業務。
(適用されない例 ⚠️)アプリケーションの設計や開発の業務は含まれません。 - 士業(弁護士、公認会計士など)
- 法令に基づいてそれぞれの士業の業務とされている業務。
(適用されない例 ⚠️)他の「建築士」の指示に基づいて専ら製図を行うなど補助的業務を行う者は含まれません。
導入・運用上の必須要件
専門業務型裁量労働制の適用には、労使協定で以下の事項を定め、かつ運用過程で遵守することが必須です(太字は令和6年4月1日以降の必須事項)。
- みなし労働時間を1日についての労働時間数として具体的に定めること。
- 労働者本人の同意を得なければならないこと。
- 同意をしなかった労働者や同意を撤回した労働者に対して不利益な取扱いをしてはならないこと。
- 労働時間の状況(客観的な方法による)に応じて実施する健康・福祉確保措置の具体的内容。
- 苦情処理のために実施する措置の具体的内容。
- 労働時間の状況、健康・福祉確保措置等の実施状況、同意及び同意の撤回の労働者ごとの記録を協定の有効期間中および満了後3年間保存すること。
企画業務型裁量労働制(【労働基準法】第38条の4)
企画業務型は、事業の運営に関する企画、立案、調査及び分析の業務であって、その遂行の方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務が対象です。
企画業務型の4要件(対象業務の厳格な判断基準)
企画業務型は、以下の4要件すべてを満たす業務でなければ対象となりません。
- 事業の運営に関する事項についての業務であること(イ要件)
企業全体や事業場独自の事業計画や営業計画に影響を及ぼす事項の業務である必要があります。個別の営業活動や製造作業などは該当しません。 - 企画、立案、調査及び分析の業務であること(ロ要件)
これらの作業を組み合わせて行う業務を指します。部署名ではなく、個々の業務の実態で判断されます。 - 業務の性質上、遂行方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要があること(ハ要件)
使用者の主観ではなく、業務の性質に照らし、客観的にその必要性が存することが必要です。 - 業務遂行の手段・時間配分の決定等に関し、使用者が具体的な指示をしないこととする業務であること(ニ要件)
「時間配分の決定」には始業及び終業の時刻の決定も含まれます。したがって、使用者から始業または終業の時刻のいずれか一方でも指示されている業務は対象外です。
導入・運用上の必須要件
企画業務型を導入するには、労使委員会を設置し、その委員の5分の4以上の多数により以下の事項を決議することが必須です。
- みなし労働時間を1日についての労働時間数として具体的に定めること。
- 労働者本人の同意を得なければならないこと。
- 同意をしなかった労働者や同意を撤回した労働者に不利益な取扱いをしてはならないこと。
- 対象労働者に適用される賃金・評価制度を変更する場合に、労使委員会に変更内容の説明を行うこと。
- 定期的な報告義務: 決議の有効期間の始期から起算して、初回は6か月以内に1回、その後1年以内ごとに1回、労働時間の状況などを所轄労働基準監督署長に報告すること。
