赤坂国際会計事務所

経済安全保障ガイドライン案解説:経営者が今すべき「攻め」の対応

2025.12.01UP!

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  • サプライチェーン リスク
  • 技術流出防止
  • 経済安全保障 経営ガイドライン

企業経営における「経済安全保障」の重要性が叫ばれて久しいですが、具体的な対応策となると「現場任せ」や「法令遵守止まり」になっているケースも少なくありません。
本記事では、最新の『経済安全保障経営ガイドライン(案)』の詳細を紐解き、経営者が持つべき「問題意識」から、現場で実践すべき「具体的なアクションプラン」までを網羅的に解説します。

📖 本書の核心

著者の問題意識

  • 「平和なグローバル化」の終焉と新たな現実
    冷戦終結以降の「国境を越えた自由な経済活動」が前提の時代は終わりました。半導体やAIなどの先端技術を巡る大国間競争、関税や輸出規制、経済の武器化といった「国家の論理」が経済活動に介入する時代へ突入したという強い危機感を持っています。
  • 日本企業の「認識の甘さ」への警鐘
    多くの企業が経済安全保障への対応を単なる「法令遵守(コンプライアンス)」や「コスト」と捉え、現場任せにしている現状を問題視しています。これは経営の根幹に関わる課題であり、経営者自身がリーダーシップを取るべき「投資」であるという意識改革を迫っています。
  • 「受け身」から「攻め」への転換
    リスクを恐れて萎縮するのではなく、経済安全保障対応を企業の「信頼性」や「供給安定性」という新たな市場価値に変え、競争力強化につなげる「攻めの経営」を求めています。

中心メッセージ

  • 「自律性」と「不可欠性」の二軸による生存戦略
    日本企業が生き残る道は、他国からの経済的威圧や供給途絶に揺るがない「自律性(Autonomy)」を確保すること、そして国際社会にとって日本企業の技術や製品がなくてはならない存在となる「不可欠性(Indispensability)」を確立することの2点に集約されます。
  • 経済安全保障は「コスト」ではなく「投資」である
    地政学的リスクへの対応は、将来的な巨額損失を防ぐだけでなく、ステークホルダーからの信頼を獲得し、企業価値を維持・向上させるための必須の投資です。

🧠 フレームワーク

物事の捉え方

  • デリスキング(De-risking)の視点:特定の国や企業との取引を完全に遮断(デカップリング)するのではなく、過度な依存によるリスクを最小化する現実的なアプローチを重視します。
  • 善管注意義務としての経済安全保障:法的義務を超え、リスクへの対応は経営者が果たすべき「善管注意義務」の一環です。対応を怠り、技術流出や供給途絶を招くことは経営責任を問われる事態となります。
  • マルチステークホルダー視点:政府、業界団体、サプライヤー、顧客、金融機関、株主といった多角的な関係者を巻き込んだ「面」での対応を前提としています。

判断基準・価値観のシフト

✅ 重視するもの

  • 中長期的な企業価値
    短期的なコスト増を許容してでも、長期的な存続と信頼を選ぶ姿勢。
  • 経営者のコミットメント
    現場任せにせず、経営層が直接リスク判断に関与すること。
  • 予見可能性の欠如への備え
    リスクは「いつ・どこで」起きるか予測できない前提で、シナリオプランニングを行うこと。

❌ 軽視・否定するもの

  • 短期的な利潤最大化のみの追求
    安全保障リスクを無視した効率化は、現代では「脆弱性」とみなされます。
  • 「法令さえ守ればよい」という形式主義
    法令遵守は最低ラインであり、それだけでは防げないリスク(技術流出等)への主体的対応が必要です。
  • 事なかれ主義(内々な処理)
    技術流出時などに隠蔽することを戒め、毅然とした法的対応や公表を推奨します。

📋 各章のポイント

1. はじめに & 2. 基本方針

主張経済安全保障環境は激変しており、企業は「コスト」ではなく「成長の機会」としてこの課題に向き合うべきである。
根拠経済の武器化や技術覇権争いが激化しており、従来のビジネス慣習が通用しない。一方で、安定供給やセキュリティの高さが新たな「付加価値」として評価される市場が生まれつつある。
視点本ガイドラインは「義務」ではないが、これに取り組むことは経営者の「善管注意義務」を果たす証左となり得る、という法的な示唆を含んでいます。

3. 経営者等が認識すべき原則

経済安全保障は「現場」ではなく「経営者」のアジェンダです。以下の3原則が鍵となります。

  1. 自社ビジネスの把握とリスクシナリオ策定:バリューチェーン全体(調達、生産、販売)を可視化し、どこにチョークポイント(脆弱性)があるかを知る。
  2. コストではなく投資と捉える:セキュリティ対策は将来の損失回避と企業価値向上のための投資である。
  3. 対話の継続:社内だけでなく、取引先、株主、政府と常にコミュニケーションを取り、リスク認識を共有する。

4. 個別領域における取組の方向性

(1) 自律性確保の取組(サプライチェーン強靭化)

主張「特定の国・企業への過度な依存」を脱却し、いかなる状況でも供給責任を果たせる体制を作れ。
根拠コロナ禍や地政学的緊張により、物流途絶や経済的威圧のリスクが顕在化しているため。
  • 「間接供給源」まで見ろ:直接の取引先だけでなく、その先のサプライヤーがどこに依存しているかまで把握する。
  • 「平時の認証」:有事になってから代替先を探すのではなく、平時から代替品の品質認証を済ませておく。
  • 撤退時の技術流出防止:拠点を移転する際、技術を現地に置いていかないよう管理する。

(2) 不可欠性確保の取組(技術・データの保護と育成)

主張自社の技術を「世界がどうしても必要とするもの」に昇華させ、かつそれを絶対に盗まれないように守れ。
  • 「コモディティ化」への冷徹な視点:技術はいつか陳腐化することを前提に、絶えず次のイノベーションを起こす。
  • 取引先の管理:共同研究先や委託先のセキュリティ体制もチェックし、そこを「抜け穴」にさせない。
  • 資本政策への介入:上場や出資受け入れが、技術奪取の呼び水にならないか慎重に検討する。

(3) 経済安全保障対応におけるガバナンス強化

  • アジャイルなガバナンス:一度決めたルールに固執せず、組織体制自体を柔軟に見直す。
  • 権限の付与:担当部署に、経営判断に直結する強い権限(決裁権や拒否権など)を持たせる。

🔧 実践的な提言・手法

具体的なアドバイス

  1. データのデータベース化
    製造業なら「調達・生産・販売データ」、IT企業なら「ソフトウェア構成(SBOM等)」を収集し、依存度を定量的に可視化すること。
  2. コア技術の特定と格付け
    何が自社の競争力の源泉(コア技術)なのかを定義し、重要度・機微度に応じてアクセス権限や管理レベルを変えること。
  3. リスクシナリオに基づく訓練
    「台湾海峡有事」や「パンデミック」など具体的なシナリオを想定し、供給が止まった場合の代替策(備蓄放出、代替生産)が機能するかシミュレーションすること。
  4. トップダウンの指揮系統確立
    有事の際、現場の合議を待たずに経営者が即断即決できるホットラインや指揮権限を平時から規定しておくこと。
  5. 契約・認証の事前準備
    代替調達先とは、有事になってから交渉するのではなく、平時に「品質認証」や「基本契約」を済ませておくこと。

質問:経済安全保障経営ガイドラインにおいて、企業が最優先で取り組むべきことは何ですか? 回答:最優先事項は「サプライチェーンの可視化」と「コア技術の特定」です。直接の取引先だけでなく、間接的な供給源まで遡って依存度(チョークポイント)を把握し、自社の競争力の源泉となる技術を明確に定義・格付け管理することが、自律性と不可欠性を確保する第一歩となります。

質問:経済安全保障への対応は法的な義務ですか? 回答:ガイドライン自体に法的拘束力はありませんが、対応を怠り、技術流出や供給途絶で会社に損害を与えた場合、経営陣の「善管注意義務違反」が問われる可能性があります。現代の経営環境において、地政学リスクへの備えは法的な義務を超えた、経営者の責務(デューデリジェンス)と解釈すべきです。

質問:中小企業や非製造業でも経済安全保障への対応は必要ですか? 回答:必要です。大企業のサプライチェーンに組み込まれている場合、セキュリティの脆弱性が取引停止の理由になり得ます。また、IT企業やサービス業であっても、ソフトウェアの依存関係(SBOM)や顧客データの越境移転リスクが存在するため、業種・規模を問わず「信頼性」の担保が市場競争力に直結します。

質問:サプライチェーンの「自律性」を高めるための具体的な方法は? 回答:特定の国や企業への過度な依存を減らす「多元化」が基本です。しかし単に候補を探すだけでなく、平時から代替品の「品質認証」や「基本契約」を済ませておくことが重要です。有事になってから代替先を探すのでは手遅れになるため、平時の準備こそが自律性の鍵を握ります。

著者情報

赤坂国際法律会計事務所
弁護士 角田進二(Shinji SUMIDA)

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