建設業の労務費基準とは?義務化の計算式と見積書
2025.12.28UP!
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建設業の処遇改善、働き方改革、生産性向上などの総合的な取組により担い手を確保し、建設業を持続可能なものとするため、「建設業法及び公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律の一部を改正する法律」(令和6年法律第49号)によって、新ルールが導入されました。
中央建設業審議会は、建設工事の労務費に関する基準を作成し、その実施を勧告することができることとされました。
本記事では、国土交通省の労務費に関する基準ポータルサイト等の一次情報に基づき、実務で必要となる計算式や見積書の書き方を解説します。
この記事の重要ポイント
- 目的:「労務費」を価格競争の調整弁にせず、技能者の賃金原資を確保する。
- 計算式:適正な労務費 = 公共工事設計労務単価 × 歩掛 × 数量
- 義務:見積書での「労務費」「材料費」「経費」の内訳明示が努力義務化。
労務費に関する基準勧告の背景と目的
政府の問題意識
「建設業の持続可能性が危機に瀕している」という強烈な危機感
政府は、建設業が社会資本整備や災害対応を担う「地域の守り手」として不可欠であるにもかかわらず、技能者の高齢化と若手入職者の減少により、産業そのものの存続が危ぶまれている現状を深く憂慮しています。
従来の建設業界の商慣行では、重層下請構造の中で「労務費(賃金の原資)」が価格競争の調整弁として削られやすく、末端の技能者まで適正な賃金が行き渡らない構造的欠陥がありました。単なる「働き方改革(時間短縮)」だけでは不十分であり、「賃上げによる処遇改善」こそが若手確保の生命線であるという強い認識に基づいています。
中心メッセージ
「労務費は削るものではなく、確保するもの」へのパラダイムシフト
本書の核心は、「上流から下流へ価格が決まり、その残りで賃金を払う」という従来の構造を打破し、「下流から上流へ、必要なコストを積み上げて価格を決める」構造へ転換することです。
具体的には、「標準的な労務単価 × 標準的な歩掛(作業時間)」という明確な計算式に基づいた額を「適正な労務費」と定義し、これを著しく下回る見積もりや契約を法律(建設業法)で禁止することで、技能者に適正な賃金(CCUSレベル別年収相当)が確実に支払われる環境を強制力を持って整備しようとしています。
政府の思考フレームワーク
物事の捉え方
- サプライチェーン全体最適の視点:
個々の企業の利益だけでなく、発注者から元請、下請、そして技能者に至るまでの「サプライチェーン全体」で賃金原資を確保・循環させることを重視します。 - 「原価」と「利益」の厳格な分離:
「労務費」は技能者の生活を支える賃金相当分であり、これは「聖域」として確保されるべきものです。価格競争は、この原資を削る形ではなく、企業の「技術力」や「施工の質」「生産性向上」による利益部分で行われるべきだと考えます。 - 性悪説と性善説の併用:
基本的には業界の自主的な商慣行改善(性善説)を期待しつつも、是正されない場合の「建設Gメン」による立入検査や勧告・公表といった強力なペナルティ(性悪説的対応)をセットで用意しています。
判断基準・価値観
政府が重視する要素は以下の3点です。
- エビデンス(根拠):見積もりには「なぜその金額なのか」という内訳(単価×数量)の明示を強く求めます。
- 透明性:どんぶり勘定(一式見積もり)を否定し、費目を細分化した「見える化」を正義とします。
- 技能者へのリスペクト:技能レベル(CCUS)に応じた賃金が支払われることを「あるべき姿」とします。
各章のポイント解説
第1章:総論
- 主張:建設業の担い手確保のためには、賃上げが不可欠であり、そのための新しいルールが必要である。
- 根拠:公共工事設計労務単価は上昇しているが、それが現場の技能者の実入りに十分反映されていない実態があるため。
- 政府の視点:賃金は本来「労使間の取り決め」であるが、建設業の公的な役割と構造的問題に鑑み、国が介入してでも「賃金の原資(労務費)」を確保するルールを作るという強い意思表示です。
第2章:建設工事を施工するために通常必要と認められる労務費
「適正な労務費」とは、技能者が適正な賃金(公共工事設計労務単価水準)を受け取るために必要な額です。産業間の賃金格差を是正し、若手が入職したくなる水準にする必要があります。
$$適正な労務費 = 公共工事設計労務単価 ×適正な歩掛× 数量$$
- 基準値の設定:国が職種ごとに「標準的な歩掛」に基づいた基準値(単価×歩掛)を提示するが、これはあくまで「標準」であり、現場の実態(施工条件が悪いなど)に合わせて補正(割り増し)することを求めています。
- 単価の下限:見積もりに用いる労務単価は、公共工事設計労務単価を下回ってはならないと明言しています。
第3章:本基準の実効性を確保するための施策
基準を作っただけでは意味がありません。「入口(契約)」と「出口(支払)」の両面から監視・誘導を行います。
① 入口(契約段階)
- 材料費等記載見積書:労務費、材料費、経費を内訳明示した見積書の作成を努力義務化。
- 著しく低い見積りの禁止:基準を大きく下回る見積りや契約を法的に禁止し、違反者は指導・監督の対象とする。
② 出口(支払段階)
- コミットメント制度:受注者が「技能者に適正な賃金を払う」ことを発注者に約束する条項を契約に盛り込むことを推奨。
- CCUSレベル別年収:技能者の能力(レベル)に応じた年収目標を提示し、その支払いを推奨。
注目のポイント:「建設Gメン」という専門部隊を動員し、見積書の保存義務(10年間)を課すことで、後からでも「誰がダンピングを仕掛けたか」を追跡調査できるようにする徹底ぶりです。
実践ガイドライン:見積書と交渉の手法
【受注者(専門工事業者・下請)へ】
- 「一式」見積もりをやめること:必ず「材料費」「労務費」「経費」を分けた見積書(材料費等記載見積書)を作成してください。
- 根拠を持つこと:労務費は「単価 × 人工数」で算出し、その単価は公共工事設計労務単価以上を設定してください。
- 条件を主張すること:現場が狭い、工期が短いなどの悪条件がある場合は、標準の歩掛を補正して、高めの金額を提示すべきです。
- 「もらえないから払えない」からの脱却:先に「払うためにこれだけ必要だ」と主張し、確保する姿勢(払うためにもらう)に転換してください。
【注文者(元請・発注者)へ】
- 見積書の尊重:提出された内訳付き見積書を無視して、総額での値引きを強要してはいけません(建設業法違反になります)。
- 歩掛の理解:「労務費が高すぎる」と感じた場合、単価を下げるよう迫るのではなく、工法の変更や効率化による「歩掛(人工)」の削減を提案してください。単価のダンピングは認められません。
- 法定経費の別枠確保:法定福利費、安全衛生経費、建退共掛金は、工事の必須経費として満額認めてください。
まとめ:明日からのアクション指針
建設業法改正に伴う新ルールに対応するため、以下のステップで準備を進めてください。
- 事実確認(入口):「その契約において、見積書は『材料費』と『労務費』に分かれていますか?」とまず確認する。
- 基準との照合:「その単価は、都道府県の公共工事設計労務単価を満たしていますか?」をチェックする。
- 計算・根拠:どんぶり勘定を排し、「単価×歩掛」で論理的にコストを算出する。
- 交渉・防衛:不当な値下げ要求には法(建設業法第○条)を盾に拒否し、適正な対価を堂々と主張する。
