スマホソフトウェア競争促進法:アプリ事業者の「攻めと守り」戦略
2025.12.28UP!
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2025年12月までに施行が予定されている【スマホソフトウェア競争促進法】(以下、本法)。この新法により、アプリ開発者や配信事業者、Webサービス提供者を取り巻く環境は激変します。
これまで巨大プラットフォーマーのルールの下でビジネスを行ってきた事業者にとって、本法は「新たなビジネスチャンスの活用」と「プラットフォーマー(指定事業者)による対抗措置への警戒」という、攻めと守りの両面での対策を迫るものです。
本記事では、公開された法案および指針に基づき、ソフトウェア事業者が具体的に検討すべき戦略と注意点を、解説します。
スマホソフトウェア競争促進法概要資料
スマホソフトウェア競争促進法の下位法令及び指針(概要)
スマホソフトウェア競争促進法に関する指針
スマホソフトウェア競争促進法における確約手続に関する対応方針
1. 新たな収益機会と流通チャネルの検討
本法により、AppleやGoogleといった特定受託事業者(指定事業者)による「囲い込み」が禁止されます。これにより、事業者は以下の新しい選択肢を検討する必要があります。
① 決済手数料の削減と独自課金の導入
これまで強制されていたApple/Googleの課金システム(手数料最大30%)以外の利用が可能になります(法8条1号)。
- アウトリンクの解禁:自社Webサイトでの決済へ誘導するリンクや、アプリ内での価格表示が可能になります。
- メリット:より低い手数料の決済手段へユーザーを誘導することで、利益率の大幅な改善が見込めます。
② 第三者アプリストアの活用・参入
公式ストア(App Store/Google Play)以外の「第三者ストア」へのアプリ配信が可能になります(サイドローディング等の解禁)。
- 独自経済圏の構築:鉄道、コンビニ、通信キャリア、エンタメ企業などが、自社経済圏を強化する「独自ストア」を立ち上げる動きが予想されます。
- 注意点(コスト):公式ストア以外を利用する場合でも、「手数料」などの名目で一定のコストが発生する可能性があります。ただし、従来の30%に比べれば大幅に低減(例:5%程度など)されるとの見方が優勢です。なお、2025年12月の施行後、Appleは通常手数料を21%に設定しています。
2. 技術的制約の解除と「スーパーアプリ」化
技術的な制限が緩和されることで、アプリの機能やビジネスモデルを拡張できる可能性があります。特に以下の2点は大きな変化点です。
ブラウザエンジンの自由化とWebアプリの進化
iOSにおいて、Safari(WebKit)以外のブラウザエンジンの利用が可能になります(法8条3号)。
- Chromeなどが本来の性能を発揮できるようになり、Webアプリ(PWA)上で高度な処理が可能になります。
- LINEやPayPayのようなアプリ内で、ダウンロード不要のミニアプリを展開する「スーパーアプリ」戦略がさらに加速すると予測されます。
OS機能へのアクセス開放
NFC(近距離無線通信)などのOS機能を、指定事業者の純正アプリと同等の性能で利用できるようになります(法7条2号)。
- 活用例:自社アプリで直接「タッチ決済」を提供するなど、O2O(Online to Offline)施策の幅が広がります。
3. 「正当化事由」による障壁とUX(ユーザー体験)への注意
本法における最大の注意点は、指定事業者が「セキュリティやプライバシー保護」を理由(正当化事由)に、依然として制限をかけてくる可能性があることです。
⚠️ 警戒すべき「スケアスクリーン」
「警告画面」によるユーザー離脱リスク:
第三者ストアからのダウンロードや外部決済を利用しようとした際、指定事業者が「この操作は危険です」「個人情報が漏洩する恐れがあります」といった強い警告画面(スケアスクリーン)を表示する可能性があります。これにより、ユーザーが利用を断念するよう誘導される懸念があります。
- 審査プロセスの厳格化:セキュリティ確保を名目として、指定事業者が第三者ストアや外部決済の利用に対して厳しい審査基準や認証プロセスを設けることが予想されます。実装までのリードタイム長期化や、承認拒否のリスクを織り込んでおく必要があります。
4. 不公正な取り扱いへの監視と対応
指定事業者は、アプリ事業者に対して「不当に差別的な取り扱い」をすることが禁止されています(法6条)。万が一、不利益を被った場合は泣き寝入りせず、以下の観点でチェックを行う必要があります。万が一、何らかの問題に直面した場合は、公取の相談口に直行することになります。
- 審査の遅延や拒絶:正当な理由なくアプリの審査を遅らせたり、リジェクト(拒絶)したりされた場合、法6条違反にあたる可能性があります。
- データの不当利用:指定事業者が、アプリ事業者の売上データなどを盗み見て、自社の競合アプリ開発に利用することは禁止されます(法5条)。自社アプリと競合するApple/Google製アプリの挙動に不審な点がないか注意が必要です。
- 公正取引委員会への申告:不当な扱いを受けた場合、公正取引委員会に報告することで、排除措置命令などの行政処分につながる可能性があります。
【まとめ】巨大デパートのテナントから「路面店」へ
今回の法改正によるソフトウェア事業者の立場の変化は、「巨大デパートのテナント」から「路面店も選べる自由な商人」に変わることに例えられます。
- これまで:巨大デパート(Apple/Google)の中にしか店を出せず、高い家賃(手数料)と厳しい内装ルール(技術制約)に従う義務がありました。
- これから:デパートの外に「路面店(独自ストア・Web決済)」を出したり、「別の商店街(第三者ストア)」に出店したりすることが許されます。
しかし、デパート側が「外の店は治安が悪いですよ(セキュリティ警告)」とお客さまに囁いたり、「外に出る出口(導線)」を分かりにくくしたりする可能性は残ります。
事業者は、単に制度が変わるのを待つのではなく、お客さまに対して「こちらの路面店の方が安くて便利で、安全もしっかりしています」と自らアピールし、信頼を獲得していくブランディング戦略が求められます。
