中国サイバー法2025改正:経営陣が知るべき10の相違と罰則リスク
2025.12.30UP!
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中国の2025年改正ネットワークセキュリティ法は、「党の指導の明記」「AI規制の新設」「罰則の劇的引上げ(最高10億円規模)」を特徴とし、日本の自主性を重視した法体系とは根本的に異なります。
データ主権、実名制、違法情報対応の厳格性において、従来の「日本の常識」で対応することは、企業にとって致命的なリスクとなり得ます。本記事では、改正法の重要ポイントを日本法と比較しながら、実務への具体的な影響と対策を解説します。
エグゼクティブサマリー
主な改正ポイント:
- 第3条(新設):「中国共産党の指導」を法律に明記
- 第20条(新設):AI規制(基礎研究支援+厳格な監督管理)
- 第42条:個人情報保護法との連携強化
- 第77条:域外適用と財産凍結権限の明確化
- 罰則:最高1000万元(約2億円)または売上ベースへ引上げ
I. 基本理念の決定的相違:国家安全と党の指導
日本と中国では、法の根底にある哲学が異なります。特に2025年改正で第3条に「中国共産党の指導」が明記されたことは、実務上極めて重い意味を持ちます。
- 🇨🇳 中国:総体国家安全観の貫徹が最上位価値。党の指導の下、安全が全てに優先する。
- 🇯🇵 日本:サイバーセキュリティ基本法は政治的中立性を保持し、官民連携と自主的取り組みを重視。
II. 日本法との10大相違点と実務への影響
ここからは、実務に直結する10の相違点を比較解説します。
1. 重要情報インフラ(CII)規制
🇨🇳 中国:
対象範囲が極めて広範(通信、金融、交通、エネルギー等)。データは原則国内保存(第39条)。調達時は国家安全審査が必須。
🇯🇵 日本:
対象は限定的。データの保存場所に制限なし。調達規制も原則不要。
クラウドは「中国国内リージョン」限定となります。日本本社へのデータ移転も安全評価の対象となり、外国製品の調達が事実上困難になります。
2. 実名制の徹底(第26条)
🇨🇳 中国:
ネットワークアクセス、SNS、電話など全てで実名必須。「後台実名、前台自愿(裏で実名、表は任意)」が原則。真実の情報がないユーザーへのサービス提供は禁止。
🇯🇵 日本:
SNS等は匿名・仮名利用が原則可能。
完全匿名の掲示板やSNSモデルは不可能です。中国の携帯電話番号による認証システムの実装が必須となります。
3. 違法情報対応義務(第48-52条)
🇨🇳 中国:
国家政権転覆の煽動、社会主義制度の打倒、虚偽情報など禁止範囲が広範。発見即座に削除・報告義務あり。違反時は最高2億円規模の罰金。
🇯🇵 日本:
プロバイダ責任制限法による削除時の免責が中心。虚偽情報自体は原則規制対象外。
24時間の有人監視体制または高度なAIフィルタリングが必須です。
4. 罰則水準の比較
🇨🇳 中国(2025改正):
特別重大な違反には200〜1000万元、または前年度売上高の特定割合という巨額罰金等。責任者個人も処罰対象。
🇯🇵 日本:
個人情報保護法で最高1億円(法人)程度。
5. データ越境移転規制
🇨🇳 中国:
3法(サイバー、データ、個情法)が重畳適用。CII運営者は原則国内保存。移転には当局の「安全評価」等の手続きが必須。
🇯🇵 日本:
本人の同意等で越境可能。当局の事前承認は不要。
6. ネットワーク等級保護制度(第23条)
🇨🇳 中国:
システムを5段階にレベル分けし、一定のレベル以上は公安への届出が必須。ログは6ヶ月以上の保存義務。
🇯🇵 日本:
包括的な等級制度はなく、業界ガイドライン準拠が主。
7. AI規制(第20条新設)
🇨🇳 中国:
産業振興と「統制」の両輪。生成AIサービス管理暫定弁法などの個別規制に加え、アルゴリズム届出制度が存在。
🇯🇵 日本:
AI基本法などは検討中だが、現時点ではガイドラインベースのソフトローが中心。
8. 当局への協力義務(第30条)
🇨🇳 中国:
公安・国家安全機関への技術支援・協力が無条件の義務。暗号化解除(バックドア)を求められる可能性あり。
🇯🇵 日本:
裁判所の令状がある場合のみ協力義務が発生。
9. 域外適用と制裁措置(第77条)
🇨🇳 中国:
国外の組織・個人も処罰対象。中国の安全を危害する場合、財産凍結等の制裁措置が可能。
🇯🇵 日本:
域外適用は極めて限定的。
10. 個人責任の追及
🇨🇳 中国:
法人だけでなく「直接責任を負う主管者」個人も処罰。罰金に加え、5年〜終身の業界追放処分があり得る。
🇯🇵 日本:
法人処罰が基本。
III. 実務上の必須対応事項
企業タイプ別に、優先すべき対応事項を整理しました。
A. 中国事業展開企業(現地法人あり)
1. 法務・コンプライアンス体制
- 中国現地法律事務所との顧問契約(必須):党の指導による解釈変動に対応するため
- 3法(サイバー・個情・データ)の統合的解釈
- 専門チームの設置と日本本社との連携フロー確立
2. 技術的対応
- CII該当性の確認(緊急):条文の定義に基づき確認。該当時は義務レベルが跳ね上がります。
- データマッピングと棚卸し:越境移転フローの可視化。
- 等級保護制度への適合:レベル判定と公安届出、ログ6ヶ月保存の実装。
- コンテンツモデレーション:NGワード・画像認識の実装。
B. 中国向けサービス提供企業(越境EC・アプリ等)
- 域外適用のリスク評価:中国国内に資産(売掛金含む)があるか確認。
- 実名制対応:中国携帯番号認証システムの導入検討。
- 撤退シナリオ分析:最悪ケース(資産放棄)の想定。
IV. 日本企業が陥りやすい5つの致命的誤解
- ❌ 「日本の常識が通用する」
→ 現実:匿名性や表現の自由は規制対象です。 - ❌ 「罰則は警告程度だろう」
→ 現実:億単位の罰金と個人責任、業界追放があり得ます。 - ❌ 「法律は安定している」
→ 現実:2025年改正のように政治状況で突然大幅な変更があります。 - ❌ 「当局の裁量は限定的」
→ 現実:法文が抽象的で、運用は当局の判断次第です。 - ❌ 「グローバル基準で対応できる」
→ 現実:GDPR等の基準とは矛盾する独自要求があります。
V. 重要条文クイックリファレンス
実務担当者が最低限押さえておくべき条文リストです。(参考:中国政府公式サイト原文 ※リンク先は中国語)
- 第3条:党の指導(2025新設) ★★★
- 第20条:AI規制(2025新設) ★★★
- 第23条:等級保護制度、ログ6ヶ月保存 ★★★
- 第26条:実名制 ★★★
- 第39条:データ国内保存・越境規制 ★★★
- 第61条:罰則(最高1000万元) ★★★
- 第77条:域外適用・財産凍結 ★★★
VI. 結論:戦略的判断が必要
中国のネットワークセキュリティ規制は、「自由で開かれたインターネット」ではなく「国家安全と党の指導維持のための管理空間」という哲学に基づいています。
日本企業には、コンプライアンスを「コスト」ではなく「中国市場での営業免許維持費」と捉える意識改革が求められます。また、経営層・責任者個人のリスクも認識し、場合によっては撤退も含めた冷静な戦略的判断が必要です。
