ジョブ型雇用の解雇法理と判例2025:三菱UFJ銀行事件
2025.11.26UP!
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「ジョブ型雇用なら、成果が出ない社員や不要になったポジションの社員を解雇しやすくなるのではないか?」
結論から申し上げますと、ジョブ型であっても「解雇は容易ではない」が、適切な契約設計を行えば「合理的な整理は可能である」というのが実務的な解釈です。
本記事では、最新の判例傾向を踏まえ、企業がリスクを回避しつつジョブ型雇用を導入するための「契約書作成」と「運用」の実務ポイントを弁護士が解説します。
1. 三菱UFJ判決が示した「ジョブ型雇用の解雇」の現実
「ジョブ型=簡単に解雇できる」という認識は、日本においては誤解と言わざるを得ません。今回の判決や近年の傾向を見る限り、裁判所は依然として企業側に「誠実な解雇回避努力」を求めています。
単なる手続き論ではない「誠実さ」の要求
ジョブ型雇用であっても、ポジションがなくなったからといって直ちに解雇が認められるわけではありません。今回のケースでも、以下の点がポイントとなりました。
- グループ会社への打診:自社内だけでなく、関連会社を含めた配置転換の可能性を探ったか。
- 十分な補償:給与の1.5年分など、再就職支援としての手厚い金銭的補償が提示されたか。
つまり、「ジョブ型だから」という理由だけで解雇規制が緩和されるわけではなく、従来通り、あるいはそれ以上に丁寧なプロセスが求められているのです。
なお、詳細な解説は、判決を見てから記載させていただきます。
2. それでも企業が「ジョブ型」に移行すべき理由
「解雇が難しいなら、ジョブ型にする意味がないのでは?」と思われるかもしれません。しかし、私はむしろ「積極的にジョブ型に移行すべき」と考えています。
その理由は、生成AIによって多くの作業フローが吸収され、意思決定その他は標準化されるところが多いからです。これは、生成AI関連に従事していた人間にとっては、切実に感じることと思われます。
「メンバーシップ型(ジェネラリスト)」の法的リスク
従来のメンバーシップ型雇用(職務を限定しない契約)のままでいることの法務リスクは、今後さらに高まります。
- 配置転換の限界:事業撤退時、ジェネラリスト契約では「会社内のあらゆる部署」への配置転換義務が生じます。
- 給与の硬直性:職務が変わっても給与を下げることが難しく、高い人件費のまま維持せざるを得なくなります。
- 全社赤字の要件:整理解雇を行う際、特定の事業だけでなく「会社全体が赤字であること」まで求められるハードルがあります。
ジョブ型によるリスクコントロール
一方、ジョブ型で職務を明確に定義していれば、以下の合理的な主張が可能になります。
- 「職務(ポジション)の消滅」という客観的事実に基づいた整理が可能になる。
- 特定の事業部門単位での収益性に基づいた判断がしやすくなる。
- 期待値と成果のミスマッチを、主観ではなく契約内容に基づいて指摘できる。
慎重に判断すべきですが、会社の上位層及び報酬が高いゾーンでは要検討です。
3. 【実務解説】リスクを下げる「職務記述書」の設計要件
ジョブ型雇用が機能するかどうかは、すべて「職務記述書(Job Description)」の具体性にかかっています。曖昧な記述では、従来のメンバーシップ型と見なされるリスクがあります。
必須となる4つの契約要素
① 職務内容の具体的記述
- 担当するプロジェクトや業務範囲の明確化
- 必須となるスキルセット、専門知識
- 協働する部門やチームの定義
② 期待される成果指標(KPI)
- 定量的指標(売上、コスト削減額、完了プロジェクト数など)
- 定性的指標(顧客満足度、チームへの貢献度など)
- 評価サイクル(四半期、半期、年次)の明記
③ 報酬設計との連動
- 基本給の根拠(市場価値やスキルレベル)
- 成果連動部分の比率と計算方法
- 昇給・降給の条件設定
④ 職務消滅時の条件
- 事業縮小・廃止時の取り扱い
- グループ内再配置の可能性の有無
契約更新サイクルの推奨設計
いきなり無期雇用とするのではなく、初年度は1年契約とし、成果に応じて「1〜3年の複数年契約」へ移行するなど、柔軟な期間設定を推奨します。これにより、事業環境の変化やAIによる業務代替などの変化に対応しやすくなります。
4. 従業員への誠実なコミュニケーション戦略
制度導入にあたっては、従業員への伝え方が法的リスクを左右します。
避けるべき表現(NG)
- ×「ジョブ型だから成果が出なければ解雇できる」
- ×「グローバルスタンダードに合わせてドライに評価する」
伝えるべき価値(OK)
- ○「あなたの仕事と成果を明確にし、正当に評価するための制度」
- ○「キャリアの専門性を可視化し、社内外での市場価値を高める」
- ○「事業環境が激変する中で、双方が誠実に向き合うための枠組み」
まとめ:企業と個人の「誠実な契約」の時代へ
AIの進化により、今後多くの事業が統廃合されることは避けられません。その時、従来の曖昧な雇用契約のままでは、企業も従業員も不幸な結果を招きます。
「期待された役割と成果が具体的に書かれ、それに連動した報酬設計がある契約書を、納得の上で締結する」
こうした誠実な契約実務の積み重ねこそが、司法の判断基準を少しずつ変え、日本の雇用システムを健全なものにしていくはずです。安易な解雇論に飛びつくのではなく、まずは足元の契約設計と就業規則の見直しから始めましょう。
