フランス労働法改正:シニア雇用・処遇の最新ルール
2025.10.31UP!
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フランスでは、2025年10月24日に公布された【法律第2025-989号】が、シニア人材(フランス語では「salariés expérimentés=経験豊富な労働者」)の雇用・キャリア終盤の働き方・退職プロセスを大きく再設計しました。これは、2024年11月14日に締結された全国業種間協定(ANI)を法律として取り込んだものとされます。
以下では、特に企業の人事・労務・法務にインパクトの大きい3つの領域に絞って解説します。
1. シニア雇用に関する労使交渉義務
何が変わったのか?
従業員300人以上の企業、または業界レベル(branche)には、シニア雇用に関するテーマを定期的に労使で交渉する義務が課されるようになりました。
対象
- 原則として「企業またはグループで300人以上の雇用主」
- 加えて、業界団体( branche )レベルでも同種の交渉が義務化される流れが明文化されました。
頻度
交渉の周期は、原則的には3年ごとというANIの考え方がベースになっている一方、
企業によっては「4年ごとのサイクル」で運用できる場合がある、とする実務解説もあります。
要するに:
- 合意済みの社内制度(GEPP=雇用・キャリア管理交渉など)と統合して扱う設計をすでに持っている企業は、4年サイクルでまとめて交渉することも許容されます。
- そうした合意や統合的な枠組みがない企業は、3年サイクルを前提に交渉義務が走ると理解しておく方が安全です。
この頻度管理を誤ると、「義務的テーマなのに交渉していない=労使対立・行政指摘」という扱いになる可能性があります。
交渉すべきテーマ
交渉テーマは明確に定義されています。少なくとも次の領域を含む必要があります。
- シニア人材の採用方針
- 雇用維持策(いきなり辞めさせない/キャリア後半も居場所をつくる)
- キャリア終盤の働き方(短時間勤務、段階的な退職=retraite progressive、パートタイムへの移行など)
- 技能・ノウハウの承継(メンタリング、後継育成、チュータリングの仕組み化)
- 労働条件や職場環境の調整(健康面・負荷軽減など、いわゆる「最後の数年をどう支えるか」)
なぜ重要か?
これは“高齢者差別を避けるための義務規制”ではありません。
本質的には、「シニア人材はコストではなく資産」という発想を、企業の人材戦略に公式に組み込ませる制度です。
実務での失敗パターンは「頻度の読み違い」。3年→4年を勘違いして交渉を先送りすると、労組側から「義務違反だ」と突かれる可能性があります。これは紛争リスクに直接つながります。
2. 退職金の前払い活用(段階的引退を支える新オプション)
何ができるようになるのか?
従業員がフルタイム勤務から短時間勤務(例:週5日→週3日)に移行する際、その減った分の給与を、将来支払うはずだった退職金(退職給付金)の一部から前倒しで補填できる仕組みが導入されました。
どういう場面で使う?
典型は「段階的退職(retraite progressive)」:
- いきなりフルリタイアではなく、仕事量と勤務時間を少しずつ下げながら退職へ向かうパターン。
- このとき給与は当然下がります。そこを退職金の一部で「上乗せ」できるようになります。
条件
これは会社が勝手にやっていいわけではありません。
労使協定(企業レベル)または業界協定(brancheレベル)で正式に定められていることが必要とされます。
つまり、個別で「あなたのためだけに前払いね」はリスクがあります。
退職時の扱い
最終的に完全に退職する時点で、
- 「本来の退職金総額 − 途中で前払いした分 = 残り」を精算して支払います。
もし本来の退職金の方が大きければ、その差額はちゃんと従業員に渡されます。これは法律上明文化されている考え方です。
なぜ導入された?
従業員側の目線:
- 「一気に辞めると不安。でも時短にすると収入が落ちる」という問題を解消し、生活の安定を守ります。
企業側の目線:
- 退職金を“最後にドンと払う”のではなく、“少しずつ支える形で前払いする”ことで、
- コストを平準化できます。会計・キャッシュフロー的にも読みやすくなります。
リスク(人事・法務・税務)
労使協定がないのに前払いをすると、それは「給与の上乗せ」とみなされ、課税・社会保険料の扱いが変わる可能性があります。
→ いわば“グレーな優遇”として後から当局(URSSAF等)に修正されうる。形式を外すと一気に税務リスクになります。
3. 定年退職制度の見直し(満額年金と企業側イニシアティブの境界線)
用語整理
フランスでは「いつから年金を受け取れるか」と「満額(減額なし)で受け取れるか」は別の話。
2025年時点では
- 多くの人にとっての法定の退職開始年齢は段階的に64歳へ引き上げられています。
- しかし「減額なしで満額(taux plein)を受け取れる年齢」は原則67歳のままで維持されています。
→ つまり「64歳=もう辞めていい年齢」と「67歳=ペナルティなし満額」は違います。
改正のコア
企業が従業員を「定年扱い(=会社の側から退職させる)」できるかどうかは、次のように整理されるようになりました。
- 採用した時点で、すでにその人が“満額年金年齢”(実務上67歳)に達している場合
企業は、その人に対して定年退職を適用する権限を持てます。
これは、非常に高齢の人材を雇う場合の整理として法的に明文化されました。 - 採用した時点では満額年齢に達していなかったが、在職中に満額年齢に到達した場合
企業が一方的に「あなたはもう定年です、終わりです」とすることはできません。
この場合は、本人の同意(書面同意)が必要になります。
要するに、「入社した時点でもう年金満額の権利があった人」と「働いているうちに到達した人」では、企業のコントロール権が違います。
なぜこれが重要か?
この線引きは、シニア人材の採用促進(入口)と、過度に長期化した雇用を円滑に締める手段(出口)の両方をバランスさせる設計になっています。
逆に言うと、このルールを誤って適用すると紛争リスクが高いです。
実務でやるべきこと
- 採用時に「この人はすでに満額年金の条件を満たしているのか?」を文書で確認し、雇用契約書に添付しておくこと。
- 退職プロセスに入る際は、本人同意が必要なケースと、そうではないケースを明確に分けること。
まとめ:企業側の注目ポイントは3つ
- 交渉義務のサイクル管理(3年 or 4年)
300人以上企業は、シニア雇用・終盤キャリア設計・技能承継を定期的に協議する義務を負う。頻度を誤ると労使紛争になる。 - 退職金の前払い=「段階的リタイアの安全ネット」
短時間勤務で収入が下がるシニア社員を守る仕組み。
ただし協定なしでの運用は税務リスク。 - 定年扱いの条件分岐は法的ハイリスク領域
「入社時にすでに満額年齢だったか?」がすべての起点になる。
ここを誤ると紛争のリスクが高い。
