赤坂国際会計事務所

株価低迷を脱却する「攻めのIR」:JPX事例集の徹底活用術

2025.12.29UP!

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「売上は伸びているのに、なぜ株価が上がらないのか?」「増資をしたいが、株主からの批判が怖い」

多くのグロース上場企業の経営者が抱えるこのような悩みに対し、2025年、東京証券取引所(JPX)が極めて実践的な「回答」を示しました。それが『投資家が評価しているグロース上場企業の取組み事例集』です。

本レポートは、単なる事例紹介にとどまらず、市場との対話不全(コミュニケーション・ギャップ)を解消するための「共通言語」を提示しています。本記事では、膨大なレポートの核心を抽出し、明日からのIR活動に即座に活かせるよう、ポイントを整理して解説します。

1. 本書の核心:取引所の問題意識とは?

「なぜ、グロース市場の上場企業は、その成長ポテンシャルを正しく評価されていないのか?」

レポートの根底にあるのは、東京証券取引所(JPX)上場部が抱く、「経営者」と「投資家」の間にある深刻な認識ギャップへの危機感です。

  • 経営者の不満:「業績は良いのに評価されない」「赤字だと見向きもされない」
  • 投資家の不満:「成長ビジョンが見えない」「調達資金の使い道が曖昧」「目先の利益にとらわれすぎている」

取引所は、このズレこそが日本企業の成長を阻害していると考えています。本書の中心メッセージは非常に明確です。

「目先の利益や株価変動に一喜一憂せず、高い成長を実現するための『明確なストーリー』と『論理的な根拠』を示し、投資家をパートナーとして巻き込め。」

つまり、守り(黒字化・配当)ではなく、攻め(成長投資・資金調達)に舵を切ることを推奨しています。ただし、それには「論理的な説明責任」が伴います。

💡 ここがポイント

「本レポートの本質は、“赤字でも説明できれば許される”というメッセージを、東京証券取引所自身が公式に発した点にあります。」

従来の日本市場では、「赤字=経営失敗」「増資=株主軽視」という暗黙の評価軸が強く、経営者は成長投資よりも短期黒字化を優先せざるを得ない構造に置かれてきました。

しかし本事例集では、赤字であっても、①成長シナリオ、②資金使途、③将来の価値創出プロセスが論理的に説明されていれば、投資家は評価するという立場が明確に示されています。

重要なのは、これは単なる「IRの工夫論」ではなく、市場インフラ側からのパラダイムシフト宣言だという点です。

経営者にとっては、

  • 「なぜ今は儲けないのか」

  • 「なぜ増資が必要なのか」

  • 「その結果、どの指標がどう変わるのか」

構造的に語れる限り、攻めの戦略を正面から選択できる“免罪符”を得たとも言えます。

逆に言えば、本レポートを踏まえた現在、
「説明できない赤字」「ストーリーのない増資」は、もはや市場から許容されない

本書は、グロース経営者に勇気を与えると同時に、説明責任のハードルを一段引き上げた文書だと評価すべきでしょう。

2. 脳内をアップデートせよ:取引所の思考フレームワーク

投資家に響くIRを行うためには、まず経営者自身が「評価される思考回路」を持つ必要があります。

物事の捉え方

  • 成長の定義:単なる増収ではなく、年率20〜30%の「非連続な成長」を目指すこと。
  • 資金調達:既存株主の敵(希薄化)ではなく、「成長を加速させる燃料」であること。重要なのは、将来の価値向上(Accretive)につながるかどうかの説明です。
  • 赤字:悪ではなく、将来の利益最大化のための「先行投資期間」であること。

評価される企業 vs 評価されない企業

レポートから読み取れる「投資家の価値観」を対比リストにまとめました。

⭕️ 投資家が重視すること (Good)

  • 中長期的な成長ストーリー
  • 積極的な成長投資(R&D, M&A, 人材)
  • 論理的で具体的なKPI開示
  • リスクを取ったM&A戦略
  • バッドニュース(下方修正等)の丁寧な説明
  • 個人投資家も含めたIR活動

❌ 避けるべきこと (Bad)

  • 目先の四半期決算の数字合わせ
  • 成長フェーズにおける配当(現金流出)
  • 精神論や抽象的なスローガン
  • 既存事業の延長線上の現状維持
  • 下方修正の理由を曖昧にすること
  • 「機関投資家がいない」と諦めること

3. 投資家の「7つの期待」と具体的アクション

本章では、投資家のフィードバックに基づき提示された「7つの期待」を解説します。

期待 #1:成長の持続・加速を期待させるビジョンを示せ

投資家は「過去の実績」ではなく「未来の可能性」を買います。時価総額100億円はあくまで通過点であり、大型株と同じ成長率では魅力がありません。年成長率20〜30%といった高いハードルを自覚し、その道筋を示してください。

期待 #2:説得力のあるエクイティ・ストーリーを語れ

資金調達を「希薄化」と恐れる必要はありません。投資家が嫌うのは「使い道の見えない増資」です。調達した資金で何を行い、いつ、どれくらいのリターンが得られるかを語れば、株価は評価されます。

期待 #3:配当よりも「成長投資」を優先せよ

成長フェーズにある企業の配当は、投資家にとって必ずしも歓迎されません。「株主還元=配当」という固定観念を捨て、「内部留保の再投資こそが、将来の株価上昇による最大の還元である」というロジックを伝えてください。

期待 #4:目先の赤字を恐れるな

Amazonがかつてそうであったように、赤字続きでも株価が上がる企業は存在します。条件は、「その赤字が将来の成長に向けた種まきである」と投資家が信じられるかどうかです。「上場したから赤字にできない」は言い訳に過ぎません。

期待 #5:M&Aを含む「非連続な成長」を描け

自前主義(オーガニック成長)だけにこだわらず、時間を買う戦略(M&A)をポジティブな選択肢として提示してください。

期待 #6:まずは「個人投資家」を味方につけよ

時価総額が小さい段階では、機関投資家は投資対象にできません。「個人投資家は短期志向だ」という偏見を捨て、わかりやすい図解や動画で彼らにアプローチし、流動性を高めることが第一歩です。

期待 #7:KPIの継続開示で信頼を勝ち取れ

投資家が最も嫌うのは「下方修正」そのものではなく、「想定通りにいかなかった要因や改善策が説明されないこと」です。都合の悪い数字も隠さず、PDCAを回している姿を見せることが信頼につながります。

4. そのまま使える!グロース上場企業の取組み事例

JPXは、「他社の良い開示(ベストプラクティス)を学ぶ」ことを推奨しています。自社の課題に合わせて参照すべき事例を紹介します。

📈 成長要因を可視化したいなら

株式会社トライアルホールディングス(小売業)
成長が「たまたま」ではなく、新規出店やM&Aなどの戦略的施策の積み上げであることを数値で分解して証明しています。

🚀 赤字での先行投資を説明したいなら

株式会社アストロスケールHD(宇宙) / 株式会社キャンバス(創薬)
財務諸表だけでは伝わらない価値を、独自のKPIや「パイプラインごとの価値算定」「資金のランウェイ(枯渇までの期間)」を示すことで補足しています。

📊 市場優位性を証明したいなら

株式会社ティーケーピー(貸会議室)
「なぜ自社が勝てるのか」を、市場規模(TAM)とシェア率の定量データで論理的に説明しています。

🤝 増資の正当性を訴えたいなら

株式会社GENDA(エンタメ)
「希薄化」懸念に対し、M&Aによる利益増加で1株あたりの価値が向上する(Accretiveになる)シミュレーションを提示し、論理的に説得しています。

💰 投資規律を示して信頼回復するなら

株式会社ROBOT PAYMENT(決済)/ 株式会社GA technologies(不動産テック)
「いつ、いくら投資し、いつ回収するか」という資本配分基準(キャピタルアロケーション)を明文化したり、M&A後のPMI実績をKPIで示したりしています。

5. まとめ:AI時代のIR戦略指針

東証のレポートが示唆しているのは、「投資家の論理で語れる経営者になれ」ということです。

  1. 視座を合わせる:「増資は悪」「赤字はダメ」という思い込みを捨て、投資家の期待(高い成長率)を理解する。
  2. ストーリーの構築:ビジョン、資金使途、成長戦略を一貫させ、数字で裏付ける。
  3. 徹底的な開示:他社の事例を参考に、グラフやKPIを用いたわかりやすい資料を作成する。
  4. 継続的な対話:悪い時ほど丁寧に説明し、信頼残高を積み上げる。

 

著者情報

赤坂国際法律会計事務所
弁護士 角田進二(Shinji SUMIDA)

 

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