この点、GoogleはMeta判決を踏まえた対策をうつことは十分予測されることである。
Google検索独占訴訟と生成AI時代の反トラスト法 2025年
2025.12.01UP!
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はじめに
2025年9月2日、米国コロンビア特別区連邦地方裁判所のAmit P. Mehta判事は、Google検索独占訴訟の救済措置決定において、DOJが求めたChrome売却命令を明示的に拒否した。判決文には印象的な一文が記されている。
“The emergence of GenAI changed the course of this case.”(生成AIの台頭が、この訴訟の方向性を変えた)
この判決は、反トラスト法執行における**「技術革新速度」と「司法判断の時間軸」のミスマッチ**という、21世紀特有の構造的課題を浮き彫りにした。本稿では、2024年8月の責任認定判決から2025年9月の救済措置決定に至る判断の変容を分析し、同時期のMeta判決との対比を通じて、動的市場における反トラスト法の新たな論点を抽出する。
本件は3つの重要な示唆を持つ。①米国判決が日本公取委の法執行基準に与える影響、②デジタルプラットフォーム規制の日米協調可能性、③GenAI投資・データ戦略のリスク評価枠組みである。
1. 事件の経緯:10年越しの独占認定
訴訟の構造
2020年10月、DOJは11州とともにGoogleを提訴し、年間260億ドル超の排他的流通契約により検索市場の競争を封殺したと主張した。核心的な違法行為として認定されたのは:
①Apple契約の排他性
GoogleはAppleに対し、Safari検索デフォルトの対価として年間数百億ドルを支払い、競合排除条項を設定。判決は「独占の礎石(cornerstone)」と表現した。
②Android GMS契約の縛り
OEM(端末メーカー)は、Google検索をプリインストールしなければPlay Storeにアクセスできない構造。「経済的に選択肢が存在しない」と認定された。
③データのネットワーク効果
全検索クエリの50%を独占することで、競合が追随不可能なデータ優位性を構築。これは「自然独占ではなく、契約で人工的に維持された独占」と判断された。
2024年8月の責任認定:Sherman法第2条違反
Mehta判事は、Microsoft判決の緩やかな因果関係基準(”reasonably capable of contributing significantly”)を採用し、Googleの行為が独占維持に合理的に寄与し得ることをもって反競争効果を認定した。
重要な点は、Rambus判決の厳格な「but-for因果関係」要件を明示的に排斥したことである。これは、DOJ/FTCの規制能力を実質的に拡大する法理的転換として、Harvard Law Reviewで分析されている。
2. 救済措置決定:Chrome売却拒否の論理
DOJの要求と判事の応答
DOJは当初、①Chrome即時売却、②Android条件付売却、③広範なデータ共有義務、④GenAI投資の事前承認制を求めた。しかしMehta判事は、構造的救済(資産売却)を全面的に拒否した。
判決の核心的理由は3つである:
①因果関係の不足
「違法とされたのは『排他契約』であり、『ブラウザの所有』ではない。Chromeの所有と独占維持の間に、売却を正当化する強力な因果関係が証明されていない」
②製品劣化のリスク
「ChromeはGoogleのインフラ・セキュリティ技術に深く依存している。切り離せば製品として成り立たず、消費者に不利益が生じる」
③GenAI市場の急速な変化
「ChatGPT、Perplexity、Geminiなどが既に従来の検索よりも有利な競争ポジションにある。Chrome売却という破壊的措置は、変化しつつある市場に不釣り合いである」
採用された行動的救済
Mehta判事が命じたのは、以下の**行動的救済(behavioral remedies)**である:
①排他契約の禁止
ただし、非排他的な支払いは許容。つまりGoogleはAppleに対価を払い続けられるが、他社排除条項は禁止される。
②検索インデックスとデータの共有
「適格競争者」に検索インデックスの「スナップショット」を提供。ただし継続的アクセスは拒否。理由は「競合の自立を促すため」。
③GenAI製品への救済範囲拡大
Googleの異議を退け、救済範囲をGenAI製品に拡大。ChatGPTは判決文中で28回引用された。
④技術委員会による監督
5名の専門家(ソフトウェア、AI、経済、データプライバシー)で構成される委員会を設置。期間は6年間(DOJ要求の10年から削減)。
3. GenAI競争の認定:市場画定の時間軸問題
責任認定と救済決定の「ねじれ」
本判決の最大の理論的緊張は、市場画定の時点ギャップにある。
- 2024年8月(責任認定時):「一般検索サービス市場」を静的に画定。ChatGPTは「将来の潜在的脅威」として限定的に言及。
- 2025年9月(救済措置決定時):「GenAI製品は既に従来の検索企業よりも有利な競争ポジションにある」と明言。
判決文は約30ページをGenAI分析に費やし、「2023年の本審理時、証人の誰もAIを差し迫った脅威として認識していなかった」と認めつつ、「数千万人のユーザーがChatGPTやPerplexityで情報を探している」現状を重視した。
実務上の含意:「商業的現実」の動的適用
この時間軸ギャップは、市場画定をいつの時点で行うべきかという根本的問題を提起する。
- 責任認定時に厳格に市場を固定すれば、技術変化に対応できない。
- 救済措置時に柔軟に再評価すれば、被告の予測可能性を損なう。
Mehta判事は後者を選択したが、これは**「商業的現実(Commercial Reality)」テストの動的適用**を意味する。問題は、この基準が理論的に未確立であることだ。
4. Meta判決との対比:市場画定アプローチ
Meta勝訴の論理:TikTok・YouTubeの市場包摂
2025年11月、DC連邦地裁のJames Boasberg判事は、FTC v. Meta事件でMetaを全面勝訴させた。この判決は、Google判決と対照的な市場画定を行った。
FTCは「個人的社交ネットワーキング(PSN)市場」を定義し、TikTokやYouTubeを「エンターテインメントプラットフォーム」として除外した。しかしBoasberg判事はこれを拒否し、代替性実証実験を重視した。
実験結果:
- Facebookを控えたユーザーは、最もInstagramに移行し、次いでTikTok。
- Instagramを控えたユーザーは、最もTikTokに移行し、次いでYouTube。
判決は、「Metaが過去に独占力を持っていたとしても、現在も保持していることを政府は証明しなければならない」と強調し、「2025年の市場は根本的に変化している」と判断した。
2つの判決の構造的対照
| 要素 | Google判決(Mehta) | Meta判決(Boasberg) |
|---|---|---|
| 新興競争者の扱い | ChatGPT等を「将来の脅威」として限定的考慮 | TikTok/YouTubeを現在の競争者として市場に包摂 |
| 市場画定時点 | 責任認定時は静的、救済時に動的要素を追加 | 一貫して現在時点の動的市場を重視 |
| データによる立証 | 市場シェア(90%)重視 | 代替性実証実験重視 |
| 時間軸の処理 | 「過去の違法行為」が焦点 | 「現在の市場力」が必須要件 |
この不一貫性は、「商業的現実」テストの適用基準が不明確であることを示している。今後の控訴審で、以下の3点が争点となるだろう:
- どの時点の市場状況を基準とするか
- 新興競争者をいつ市場に含めるか
- 代替性をどう実証するか
