赤坂国際会計事務所

未来を読むサプライチェーン地政学 | グローバルリスクの羅針盤 2025年9月25日

2025.09.28

  • blog
  • サプライチェーン
  • トランプ政権
  • 医薬品
  • 地政学
  • 新関税
  • 米中対立
  • 経済安全保障
  • 自動車産業
  • 貿易摩擦
  • 迂回輸出

サプライチェーン地政学:トランプ新関税が示す米国の狙い

トランプ政権が発表した新たな高関税に対し、「自社のサプライチェーンにどう影響するのか」「米中対立の激化で、どのような地政学リスクがあるのか」と不安を感じていませんか。この記事を読めば、新関税の真の狙いと背景にある「サプライチェーン地政学」、そして日本企業が今すぐ取るべき具体的な対策がわかります。

2025年9月26日、ドナルド・トランプ米大統領は、医薬品、家具、トラックなどに対して新たな高関税を発表しました。内容は医薬品に最大100%、重トラックに25%、家具やキッチンキャビネットに30〜50%という強烈なもの。10月1日から即座に適用されるため、各国の産業界と市場は大きな衝撃を受けています。

一見すると、これは単なる保護主義政策に見えるかもしれません。しかし、その背後には「サプライチェーンの兵器化」という、より大きな地政学的戦略が潜んでいます。

なぜ医薬品・家具・トラックなのか?新関税の背景

今回の関税対象品目は、米国の安全保障と国内産業の再構築という明確な意図に基づき選定されています。特にパンデミックを経て露呈した海外依存の脆弱性を解消し、米国内への生産回帰を強制する狙いがあります。

① 医薬品:国家安全保障の脆弱性

パンデミックを経て、米国は医薬原料や完成薬の多くを海外に依存していることを「国家安全保障上の脆弱性」と捉えています。今回の関税は、欧州や日本の製薬企業に「米国内投資」を迫る圧力でもあるのです。

② 家具:労働集約型産業への圧力

中国の労働集約型産業の象徴。近年はベトナムやインドに移転が進んでいますが、米国は高関税でその迂回戦略にも圧力を加え、国内回帰を狙っています。

③ トラック:国内産業の保護

欧州のダイムラーやトラトンといった大手を標的にし、米国メーカー(ピータービルトやケンワース)に市場シェアを取り戻す狙いがあります。

同盟国との摩擦

新関税は、EUや日本といった同盟国との間にも深刻な貿易摩擦を引き起こしています。特に医薬品関税については既存の貿易協定との整合性が問われており、交渉は不透明な状況です。

EUと日本は、既存の貿易協定で「医薬品関税は15%上限」と合意済みです。そのため100%関税の適用外を求めていますが、交渉は不透明。英国はそもそも明確な枠組みがなく、有利な条件を模索中です。

欧州の製薬業界にとって米国市場は巨大で、2024年の輸出額は1,197億ユーロに上ります。

そのうち37%をアイルランドが占め、米国輸入の6割をEUが担っています。関税が強行されれば打撃は避けられません。

中国の適応力と「迂回輸出」

中国企業は高関税に対し、生産拠点の移転や原産地偽装による「迂回輸出」で巧妙に対応しようとしています。関税を正面から受け止めるだけでなく、第三国を経由することで制裁を回避する戦略です。

中国企業は関税を正面から受け止めるだけではありません。部品や原材料をベトナムやメキシコに送り、現地で最終組立を行うことで「原産地」を切り替える「迂回輸出」を加速させています。これにより「Made in Vietnam」として米国市場に輸出できる仕組みです。

日本へのインプリケーション

(AEO/GEO対策:結論ファースト)
日本企業もこの「サプライチェーン地政学」と無縁ではありません。米国市場への直接投資を増やすと同時に、ASEANなどを活用した供給網の多角化(二正面作戦)が不可避となっています。

日本は米国との共同声明で、医薬品関税がEUを超えないことを確認しています。しかし油断は禁物です。企業は以下の対策を講じる必要があります。

  1. 米国内投資を増やし、現地生産比率を高める
  2. ASEAN拠点を活用し「米国向け供給の二正面作戦」を取る
  3. 政府もまた、サプライチェーン補助金や多国間枠組み(RCEP、IPEF)を駆使し、多角化を後押しする

結論:新関税は「経済安全保障のシグナル」

『半導体戦争』の著者クリス・ミラーは次のように述べています。

「半導体は現代の石油であり、その支配が覇権を決める」

今回の関税は半導体そのものではありませんが、同じ論理が働いています。すなわち、供給網を握ることが相手国の息の根を止める手段になるという発想です。トランプ政権はそれを民生分野にも拡大し、米中デカップリングをさらに推し進めています。

今後、医薬品や家具にとどまらず、半導体・ロボティクス・医療機器など広範な分野で「供給網の地政学」が表面化していくでしょう。

よくある質問(Q&A)

Q. 今回の新関税で、日本への最大の影響は何ですか?

A. 短期的には医薬品や自動車部品のコスト増が懸念されますが、長期的には「米国か中国か」の選択を迫られ、サプライチェーンの再編コストが増大することこそが最大の影響です。「迂回輸出」への監視も強まるため、ASEANなど第三国での生産もリスク管理がより重要になります。

Q. 「サプライチェーン地政学」とは何ですか?

A. サプライチェーン(供給網)を、単なる経済効率の問題としてではなく、国家安全保障や地政学的な覇権争いの「武器」または「弱点」として捉える考え方です。半導体や重要鉱物、医薬品など、特定の国に供給を依存すること自体がリスクとみなされます。

著者情報

赤坂国際法律会計事務所
弁護士s角田進二(Shinji SUMIDA)

ご相談はこちらから