赤坂国際会計事務所

退職勧奨か解雇か──企業側の適切運用とリスク管理

2025.10.03UP!

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「問題社員に対応したいけれど、違法な退職強要と指摘されたくない…」これは多くの人事担当者が抱える課題です。退職勧奨は有効な人事手法ですが、一方で、一歩間違えれば深刻な法的リスクを招きます。そこで本記事では、企業側が退職勧奨を安全に進めるための具体的な手順とリスク管理術を、判例を交えて網羅的に解説します。

退職勧奨と退職強要の境界線とは?

POINT:退職勧奨が違法な「退職強要」になるかは、ある一点にかかっています。それは、従業員の「自由な退職意思」を妨げるほどの心理的圧力を加えたかどうかです。あくまで対等な立場で説得し、従業員が「NO」と言える選択肢を保障することが重要です。

法的判断基準となった重要判例

退職勧奨の適法性を判断する上で、【日本アイ・ビー・エム事件】は重要な基準です。この判決では、従業員への不当な心理的圧力は違法だと示されました。また、名誉を害する言動で自由な意思決定を妨げる行為も、同様に許されません。

つまり、退職勧奨は労働者の「自由な退職意思の形成」を目的としなければなりません。この限度を超えた場合、違法な「退職強要」として不法行為が成立するのです。

適法な退職勧奨の絶対要件

適法な退職勧奨を行うには、従業員の自由意思を尊重する姿勢が不可欠です。最も重要なのは、「労働者が退職を拒否する余地が残されているか」という点です。

労働者が自由に「辞めない」と選択できるなら、それは適法な退職勧奨です。しかし、拒否する余地をなくしてしまうのは問題です。事実上「辞めるしかない」という状況に追い込むと、退職強要と判断されるリスクが非常に高まります。

[弁護士 角田進二の解説]
実務上、「面談の回数や時間」も重要な判断要素です。例えば、数時間に及ぶ面談を繰り返すのは避けるべきです。また、執拗に退職届への署名を求める行為も、違法と判断されやすい傾向にあります。面談はあくまで冷静な話し合いの場だと認識してください。

退職勧奨を成功させるための具体的な手順

POINT:退職勧奨は、決して感情的に行うべきではありません。①事前準備、②初回面談の設計、③証拠化の3ステップが重要です。このように、丁寧な手順を踏むことが、リスクを抑え円満な合意退職を実現する鍵となります。

① 事前準備段階

方針の社内共有
まず、対象従業員について幹部や上司と協議します。そして、退職勧奨が会社の総意であることを明確にしましょう。これにより、担当者個人の判断ではないと示せます。もちろん、関係者には徹底した秘密保持を義務付けてください。

退職勧奨理由の整理
次に、退職勧奨の理由を客観的な事実に基づいて整理します。「やる気がない」などの主観的な理由では相手は納得しません。そのため、具体的なトラブル事例や改善指導の記録などを時系列でまとめましょう。

予算確保と条件設定
さらに、退職に応じてもらうための条件(特別退職金など)を検討します。その上で、予算を確保することが必要です。解決金の相場は給与の3〜6ヶ月分が目安ですが、個別事情で変動します。誠意ある条件を準備することが重要です。

② 初回面談の設計

面談は、プライバシーに配慮できる会議室などで行います。出席者は会社側2名程度とし、1回の面談は30分〜1時間程度を目安にしましょう。長時間の面談は避けるべきです。

面談では、決して相手の人格や能力を否定してはいけません。例えば、「解雇」「クビ」といった言葉は絶対に使わないでください。あくまで「会社からの提案」というスタンスを貫くことが大切です。

③ 証拠化と記録保持

後日の「言った、言わない」というトラブルは絶対に避けるべきです。そのために、面談の内容は必ず記録しましょう。

退職合意書に盛り込むべき重要条項

POINT:退職合意書は、後々の紛争を予防するための最重要書類です。特に「清算条項」と「相互非難の禁止」は必須だと考えてください。なお、過度な「競業避止義務」を課す場合は、相応の金銭的対価が必要になります。

必須で含めるべき条項

清算条項
合意書に定める金銭以外、労使間には一切の債権債務がないことを確認します。これにより、将来的な追加請求のリスクを防ぐことができます。

相互非難条項
退職後、双方が相手方の名誉や信用を毀損しないことを約束します。例えば、SNSでの誹謗中傷などを防ぐ効果が期待できます。

秘密保持条項
退職の経緯や合意内容を第三者に漏らさないことを約束する条項です。これは、会社の機密情報漏洩を防ぐ意味でも重要です。

円満退職条項
今回の退職が、解雇ではなく円満な合意退職であることを確認します。この一文は、従業員の心理的な安心感にもつながります。

条件付きで検討する条項

競業避止条項
一定期間、競合他社への転職などを制限する条項です。しかし、これは従業員の職業選択の自由を制限します。そのため、相応の対価がなければ無効と判断される可能性が高いです。

よくある質問(FAQ)

Q1: 退職勧奨は拒否できますか?

はい、もちろん拒否できます。退職勧奨に応じる法的な義務は一切ありません。もし従業員が明確に拒否した場合、それ以降の執拗な勧奨は違法な退職強要と見なされる可能性があります。

Q2: 退職勧奨に応じないと解雇されますか?

いいえ、退職勧奨の拒否だけを理由とした解雇は無効です。なぜなら、それは解雇権の濫用にあたるからです。解雇が認められるには、客観的で合理的な理由が別途必要となります。

Q3: 家族や弁護士に相談してから回答してもよいですか?

はい、もちろんです。その場で即決を迫る行為は、違法と判断されるリスクがあります。したがって、会社側は従業員が検討するための十分な時間を与える義務があります。

Q4: 退職勧奨に応じた場合、離職理由は「会社都合」になりますか?

はい、基本的には「会社都合」となります。これにより、従業員は自己都合の場合より早く、長く失業手当を受給できます。この点を丁寧に説明することも、合意形成を後押しする一つの要素です。

専門家との相談前に準備すべき資料

POINT:専門家に相談する際は、主観的な悩みだけでなく、客観的な事実を示す資料が不可欠です。資料を準備することで、より的確なアドバイスを得られ、透明性の高い退職勧奨を進めることができます。

人事評価記録・勤怠データ

目的:退職勧奨理由の客観的根拠を示す
ポイント:複数年度の評価や、遅刻・欠勤などの客観的データを時系列で整理する

指導記録・注意書

目的:会社が改善機会を与えてきた証拠
ポイント:口頭注意やメールでの警告、改善計画書などを時系列で整理し、本人の反応も記録する

雇用契約書・就業規則

目的:契約内容と会社ルールの確認
ポイント:定められた職務内容や服務規律、退職手続きに関する条項を確認しておく

業務成果・問題事例記録

目的:具体的な問題行動の証拠化
ポイント:業務ミスや顧客クレーム、他の従業員への悪影響などを客観的事実として記録する

まとめ:弁護士への早期相談がリスク回避の鍵

退職勧奨は、企業にとって非常に重要な人事施策です。そのため、対応は慎重に行う必要があります。事前準備から面談、合意書の作成まで、各ステップを法的な観点から検討しましょう。このように、法的リスクを抑えて円満な合意を目指すためにも、早い段階で弁護士にご相談ください。

著者情報

赤坂国際法律会計事務所
弁護士 角田進二

企業の人事労務管理、特に退職勧奨の実務に関するご相談は、当事務所までお気軽にご連絡ください。事前準備から面談の立ち合いまで、包括的にサポートいたします。

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