イスラエル法シリーズ: 3 会社の合併および買収
2018.02.14
前回までのイスラエル法シリーズではイスラエルで事業を行うにあたってその基本的な方法と手順に焦点を絞ってこれらの題材を扱ったが、今回、この第3部ではイスラエルの非公開企業に関するM&Aについて掘り下げた検討を行うものである。イスラエルはイノベーションが盛んなスタートアップの国で起業インフラが整っている。この国の発明家たちは商業面よりもむしろ技術的発展に重点を置いていることから、海外投資家にとって、その新しい発明品を獲得することは、多大な収穫を得る潜在力となる。本記事は、イスラエルの非公開企業を買収するにあたって、その一般的な形態と進め方を探求しようとするものである。M&Aは複雑な題材なので、本記事は入門書として供されることを目的としたものであることに留意されたい。
日本とイスラエル間におけるM&Aの原動力
日本、イスラエル間の関係発展の背景については第2部で既に触れた通りである。近年日本とイスラエル間に締結された様々な提携契約の中に、日本として初めての産業研究開発提携契約がある。これは第2部の趣旨を外れるものではあるが、この契約は共同研究開発プロジェクトを推進するイスラエルと日本の適格な会社に対して資金を提供し、潜在的ビジネスパートナーを見出すための支援を行うものであることに注目すべきである。
両国間には企業の交流が高まりを呈している。サイバーセキュリティ、医療機器、自動運転技術、人工知能、拡張現実、および無線通信技術などは両国が最も興味を惹かれる分野である。例えば、ソニーによるAltair Semiconductors社の買収、富士通のイスラエル支店開設、帝人のイスラエル企業との共同研究、全日空とエル・アル・イスラエル航空の共同調査など、大手企業では既に継続的関係の構築がある。
M&A – イスラエルに一般的な手法
ある法人組織が他組織を支配する手法にはいくつかの方法がある。特定の状況において最適な手法を見極めるには両社の財務、経営、株主の数と意向、緊急性、対価およびその他多くのことを含む両社の環境を詳細に分析することが必要である。従って、ここでは様々な手法の長所、短所を論うことはせずに、単にM&A実施手順の概要を述べるのみにとどめる。
最も一般的な手順は下記の通りである:
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株式の購入取得
買収側会社が買収対象会社の株主からその株式の過半数を買い取り、買収対象会社における支配権の獲得を達成するものである。会社および株式に関する表明保証は売主より買主にされる。
イスラエルにおける会社に関する主たる準拠法は1999年会社法であるが、これには概して非公開会社の株式移転についての規制は含まれていない。然しながら、銀行取引、コアインフラ、放送、セキュリティなど、ある種の高度規制分野における株式移転にはより厳しい規制条件が課せられている。一般的に、株式を海外の買収側当事者に移転するについての規制は存在しない(買収側当事者が敵国と認定されている国、即ちイラン、シリア、レバノンに居住している場合を除く)。 但し、会社としてはその定款(Article of Association、国によっては“Articles of Incorporation”, “Company Constitution” またはそれらに類似の呼称がある)に斯く規制を課すことは自由である。会社が株式の移転に取締役会の承認を必要とする旨表明するのは珍しいことではない。買収対象会社のベンチャー投資家株主が買収に拒否権を保有することもあり得る。株主の何れかが取引に応じない場合については少数派株主に同意を強いるための売却強制権契約条項(bring alongまたはdrag along)を活用することが可能である。イスラエルでは、株式所有権は公的に政府当局に登録されるのではなく、むしろ会社が管理している株主名簿に記録される。但し会社は会社登記簿に株式所有権の変動を更新し、また株式構成を公開することが必要である。株式の移動は両社間に発行される株式譲渡証書(share transfer deed)によって行われる。
資産の譲渡
買収側会社は買収対象会社、即ち売却側会社の資産と債務を購入する事もある。売却側会社は買収側会社からは独立した主体として維持されるが、運営体、資産、および債務は買収側のものとなる。
イスラエルには“承継債務”の原則が存在しない。それ故一般的には、資産の売買において買収側がその引き受けを明示しなければ如何なる債務も移転されない。然しながら、従業員を買収対象会社から、彼らが買収対象会社での勤務期間中に確保したものを維持できる場合がある。但し資産譲渡においては、従業員の自動的な転籍はあり得ず、それは新たな契約締結という意味で、従業員次第である。
買収側会社には二例の選択肢がある。一つには“解雇後即時雇用”、この場合従業員は元の雇用主から解雇されるが、それまでの雇用期間中に確保した全ての利益と権利を取得してから後に買収側会社に雇用されるケース、または、買収側会社が契約を以って全ての移動従業員の過去の利益と権利を保証するケースである。これは通常、売却側と買収側間での交渉事項であり、またしばしば税務、財務分析問題に絡むことがある。
合併
ここでは株式買収または資産譲渡の場合と異なり、買収対象会社、即ち売却側から買収側へは何らの移転も行われない。買収側と売却側が体制の再編成を経て両体制が“合併”することに合意するものである。一方の法人が消滅するし、存続する法人が他方の資産と債務の全てを取得する。合併は現地法規に従って会社管理機関に登録される。買収側当事者は合併を目的とする子会社を設立することがある。この子会社が買収側の買収対象会社と合併しそして買収対象会社は買収側会社の100%子会社となる。イスラエルでは逆三角合併(reverse triangular merger) が節税、その他の理由で一般化しつつある。
イスラエルにおける企業合併は、合併の当事者が一定の基準に抵触する場合には独占禁止に関する法的要件が適用される。投資もこの法的要件の枠内で可能とされる。
二段階合併
合併には少なくとも株主の過半数による合意が必要である。非公開会社の合併と公開会社のそれとの間には違いがある。公開会社の場合は証券取引法とその関連規則の要件が適用される。買収側は先ず買収対象会社の株式の過半数を証券市場の公開買付で購入し、その後にバックエンド合併を実行することが出来る。
合併取引に必要な一般的書類と業務
- デューディリジェンスの実施
- 箇条書き様式の仮契約書 (Preliminary Agreement)、レターオブインテントまたは覚書 (Memorandum of Understandings)の締結。
- 定款に基づき主要株主から合併の許可を取得する
- 基本合意契約書の作成、書式は該当する取引の性質に応じて、株式買収契約書、資産買収契約書または合併契約書など。
- 株主間契約書(Shareholders’ Agreement)および(合併取引が完了後一定の株主が合併会社に移動残留する場合は)会社定款の作成
- エスクロー契約書=第三者預託契約書(買収側会社が損害金に対する保証金として拠出した資金を管理するためのもの)の作成
- 合併後に継続雇用する主な従業員とのリテンション契約の締結
- イスラエル独占禁止局(Israeli Antitrust Authority/IAA)など公的関連機関への通知
- 株式譲渡証書(share transfer deeds)に署名(譲渡株式の全て)
- 会社登記所への通知
- その他業界関係者への報告、経理処理など
特定の環境下における独占禁止法の運用
イスラエルにおける企業合併は、イスラエル独占禁止局、略称IAA(Israeli Antitrust Authority/-IAA)が管轄する制限的取引慣行法、いわゆる独占禁止法(Restrictive Trade Practices Law, 5748-1988 the Antitrust Law) に従うものである。IAAの長は長官(General Director)と呼称されている。この独占禁止法による“合併”の定義は下記の通りである:
“会社の主な資産を他社が取得すること、又は会社の発行済株式資本の通常価格にして4分の1以上に相当する株式を取得することまたは取締役の4分の1以上を指名する投票権を他社が取得すること、または会社の利益の4分の1以上に参加できる権利を取得する事。この取得は直接的にまたは間接的にまたは契約に基づく権限によって行われるものである”
“合併”の定義がこのような広義な解釈に基づいているが故に何れかの合弁契約も独占禁止法の適用を受ける可能性がある。
以下の点について、長官に通知しなければならない。
- 合弁契約の両当事者がイスラエルに関連性を持っているか。
会社がイスラエルに関連性があるとされる条件は (i) 会社がイスラエルで登記されていること、または (ii) 会社または会社を究極的に支配するオーナーがイスラエル籍の会社に直接的または間接的に25%以上の権利を保有していること。ここでいう“支配”とは株主総会に50%以上の投票権、または50%以上の取締役の任命権を保有していることを意味する。または(iii) 会社がイスラエルに代理人を置いていること(代理人とは、外国の会社がその製品に関してそれを販売し、または在庫し、またはビジネス上その他の扱いをするについて、契約またはその他の要因に基づき製品の価格または数量などに、大きな影響力を持つイスラエル国内の独占代理店または独占販売店などである)。
- 合併の結果として、合併会社の生産高、販売高、特定資産およびそれに類似の資産の売買額、または特定のサービスに対するそれに類似のサービスにおける合算市場占有率が50%を、または法務大臣が独占に関してそれ以下の数値で定義した場合は、その定義された市場占有率を超えるか。
最近、法務大臣は如何なる市場に関しても、この占有率を決定する権限を行使していないことに留意すべきである。
- 合併前年の会計年度における合算売上高が1億5,000万NISを超えて、さらに合併の当事者各々の売上高が1,000万NIS を超えるか。
(合併参加会社に親会社または子会社がある場合は、その売上高は連結決算報告書に基づいて認定される)。
- 合併会社は大まかに独占とされる市場占有率を50%と規定する独占禁止法に基づき、独占企業に該当するか。
イスラエル以外でも事業を行っている会社に対してはイスラエル国内での事業のみが審査の対象とされる。これらすべての基準はグループ会社、即ち会社とそれを支配する事業体、およびそれぞれの支配下にある全ての会社にも適用される。この点に関して、“支配”とは株主総会において50%以上の投票権または取締役の50%以上の任命権を保有していることを意味する。
合併は独占禁止局長官の許可を得ずして実行に移してはならない。これに違反することは結果として3年間の、重い場合には5年間もの禁錮刑または過料刑が科される犯罪行為である。独占禁止局としては、非水平型M&Aの場合は過料が望ましいとしている。この許可は申請後30日以内に決定されるはずである。これが30日以内に決定が為されない場合は、概してその合併は独占禁止法に沿うものである。
合併は独占禁止局長官の見解として合併の実施により下記のいずれかの如き合理的なリスクがない限り許可される。:
- 競合が著しく損なわれる (例えば合併企業が市場の50%以上を占有する)
- 公衆が特定の資産またはサービスの価格、品質、数量または供給条件に関して何らかの損害を被る。
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