赤坂国際会計事務所

【2025年版】米国M&A規制とPE戦略:FTCガイドライン・HSR法改正がエグジットに与える影響

2025.12.31UP!

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2025年、米国のプライベート・エクイティ(PE)業界はかつてない規制の波に直面しています。2023年の合併ガイドライン改定に続き、2025年のHSR法(Hart-Scott-Rodino Act)改正による事前届出の厳格化は、従来の「ロールアップ戦略」やエグジット計画に甚大な影響を及ぼし始めています。

本記事では、米国司法省(DOJ)および連邦取引委員会(FTC)の最新スタンスを紐解き、2026年まで続くと見られる規制トレンドと、今売却すべき資産・保有し続けるべき資産の判断基準を解説します。

なぜ今、米国でM&A規制が劇的に強化されているのか?

現在の規制強化の根底にあるのは、「現代経済における企業結合が、競争を実質的に減殺し、独占を助長するリスクへの警戒」です。

規制当局は、従来の「価格上昇」だけでなく、以下の現代的な競争阻害要因を捕捉するためにガイドラインを刷新しました。

① 初期段階での阻止 (Incipiency)独占が完成するのを待つのではなく、競争が減殺される「リスク」や独占に向かう「傾向」が見えた時点で介入するという、クレイトン法の原点に回帰しています。

② 構造的推定 (Structural Presumption)市場集中度は競争害悪を予測する重要指標です。HHI(ハーフィンダール指数)等の基準を超えた場合、効率性の主張はほぼ認められず「違法」と推定されます。

③ 多面的な競争観「価格」だけでなく、「賃金・労働条件」「イノベーション」「品質」が損なわれることも競争阻害とみなされます。特に労働市場での買い手独占は厳しく監視されます。

【警戒】PE業界への影響と早期売却圧力がかかる資産

2023年合併ガイドラインと2025年HSR規則改正の結合により、PE業界の伝統的な勝ち筋であった「ロールアップによる価値創造モデル」は難度が上がりつつあります。特に以下のカテゴリーに属する資産は、規制当局のターゲットとなりやすく、エグジット戦略の見直しが必要です。

🚨 エグジット遅延リスクが高い3つの資産領域

  • ① ヘルスケア関連ポートフォリオ
    現在、連邦および州レベルで最優先の監視対象です。医療費高騰や品質低下への懸念から、PEによる医療機関統合への風当たりは強まっています。
  • ② ロールアップ戦略企業
    小規模な買収を繰り返す戦略は、FTCの「シリアル買収(Series of acquisitions)」調査の標的です。個々の買収が小さくても、累積的な市場支配力が問題視されます。
  • ③ 市場シェア30%超・高集中度の企業
    特定の市場で30%を超えるシェアを持つ、あるいはHHIが1,800を超える市場での合併は、効率性の抗弁がほぼ通じず、阻止されるリスクが急増します。

HSR法改正による実務的な遅延

2025年のHSR法改正により、事前届出における情報開示の負担が大幅に増加しました。当局は「通常の業務過程で作成された文書(戦略資料やメール)」を徹底的に精査し、企業の真の意図を探ります。これにより、ディールの準備期間が長期化することは避けられない情勢です。
その結果、企業規模が大きくなりすぎて「規制当局のターゲット」になる前に、中規模の段階で戦略的バイヤーへ売却してしまう方が、法的リスク(ディール・ブレイクのリスク)を低減できるという判断も働いています。その結果、クラウンジュエル(最優良資産)をより早く手放しているとされます。

米国での「Guideline 8(連続的買収)」という時限爆弾が爆発する前に資産を整理する動きは、単なる流動性確保ではなく、高度なリーガル・リスク・マネジメントの一環と言えます。

日本企業・日本市場への示唆と参入の可能性

一方で、この米国の厳しい規制環境は、相対的に日本市場の魅力を高める可能性があります。

日本市場への資金流入米国では「ロールアップ」に対して毅然とした法的措置が取られ始めていますが、日本ではまだ違法と判断されるハードルが高く、運用上の余地が残されています。また、自治体の権限も米国の州ほど強力ではありません。

競争の激化とドメインの変化規制リスクを避けた米国のPEマネーが日本へ流入し、買収競争が激化する可能性があります。ただし、医療分野は日本も皆保険制度下にあるため、薬局チェーンや周辺産業など、異なるドメインがターゲットになる公算が高いでしょう。

 

弁護士 角田 進二(Shinji SUMIDA)

赤坂国際法律会計事務所

 

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