【弁護士が解説】裁量労働制 Q&A
2025.11.14UP!
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裁量労働制 Q&A
Q1. 営業企画部門の企画業務は対象になるか?
A: 慎重な判断が必要です。
営業企画部門の業務が企画業務型の対象となるためには、「企画業務型裁量労働制の4要件(イ~ニ)」をすべて満たす必要があります。
特に確認すべきポイントは以下の3点です。
- 事業運営レベルの企画か(単なる日々の営業活動の補助ではないか)
- 実際に裁量があるか(実態として上司の具体的な指示で動いていないか)
- 遂行方法・時間配分を自分で決められるか(始業・終業時刻が厳格に管理されていないか)
単に日々の営業活動の計画や補助を行うだけであれば、裁量が乏しく「事業の運営に関する事項」に該当しないため、対象外となります。企業全体の営業方針や全社的な営業計画の策定に携わり、時間配分について具体的な指示を受けていない場合にのみ、対象となり得ます。
Q2. 管理部門の業務改善企画は対象になるか?
A: 多くの場合、対象外です。「事業の運営」ではなく「業務の運営」に関する企画は対象外とされています。
企画業務型の対象業務は、「事業の運営に関する事項」である必要があります。「業務改善企画」のように、組織内の個別の業務フローや効率化を目的とする企画は、一般的に「事業の運営」(企業戦略や事業計画レベル)ではなく、「業務の実施」や「業務の運営」に関する事項と見なされます。
【該当し得る企画業務の例(本社・管理部門関連)】
管理部門の企画であっても、「事業の運営」に関わると認められる例は、以下のような経営戦略レベルの企画に限定されます。
- 経営計画(全社)を策定する業務
- 新たな人事制度(全社)を策定する業務
- 新たな社内組織(全社)を編成する業務
したがって、単なる日常の事務処理の効率化や、既存の規定に基づく業務フローの改善企画は、厳格な要件を満たさないため、対象外と判断されます。
令和6年4月1日改正の核心:労働者本人の同意と説明義務
1. 労働者本人の同意が必須に
裁量労働制の適用には、労使協定または労使委員会決議に加え、労働者本人の個別同意を得なければなりません。
- 同意の要件: 同意は労働者ごと、かつ協定等の有効期間ごとに得る必要があります。口頭のみは不適切であり、書面または電磁的記録など確実な方法で取得すべきです。
使用者が明示して説明しなければならない事項
使用者は、労働者本人の同意を得るにあたり、以下の3つの事項を明示した上で説明することが必須です。
- 制度の概要(みなし労働時間を含む): 対象業務の内容やみなし労働時間など、制度の概要を説明する必要があります。
- 同意した場合に適用される賃金・評価制度の内容: 制度適用後に具体的に適用される賃金・評価制度の内容を説明しなければなりません。
- 同意しなかった場合の配置および処遇: 制度の適用に同意しなかった場合の配置および処遇について説明する必要があります。
2. 【実務上の注意点】(不利益取扱いの禁止と自由な意思)
同意取得は「労働者の自由な意思」に基づく必要があります。以下の例は不適切(違法)となる可能性が極めて高いです。
❌ NGな同意取得の例
- 「同意しないと(同意しなかったことを理由に)異動になる」と示唆して同意させる。
- 賃金・評価制度の説明が不十分なまま同意を求める。(十分な説明がなければ「自由な意思」とは認められません)
- 一斉説明会だけで個別説明や質疑応答の機会なく同意書を回収する。
✅ 適切な同意取得の例
- 個別面談で制度内容、メリット・デメリットを丁寧に説明し、質問応答の時間を設ける。
- 同意しない場合の処遇(例:通常の労働時間制が適用される等)も明確に説明する。
- その場で即決させず、労働者が検討や判断を適切に行うための時間を十分に与える。
3. 賃金・評価制度の重要性(相応の処遇の確保)
同意取得時の説明義務に加え、賃金・評価制度は制度設計全体において重要です。
- 相応の処遇の確保: 使用者は、みなし労働時間の設定にあたり、手当の支給や基本給の引上げなどにより「相応の処遇」を確保する必要があります。
- 苦情処理の対象: 苦情処理の範囲には、制度の運用に関する苦情のみならず、適用される評価制度や賃金制度に関する苦情も含むことが望ましいとされています。
裁量労働制における不利益取扱いの禁止の詳細
専門業務型・企画業務型のいずれにおいても、同意をしなかった労働者や同意を撤回した労働者に対する不利益な取扱い(解雇、減給、降格など)は禁止されています。
Q1: 同意しなかった場合、希望する部署に配置できない場合は?
A: 配置の必要性が客観的に説明できれば可能ですが、「同意しなかったから」という理由だけでは不利益取扱いと判断されるリスクがあります。
労働契約(就業規則等)において、裁量労働制の「適用労働者」と「非適用労働者」の等級や賃金額が合理的な内容で定められている場合、同意しなかったことによる労働条件の決定が当該労働契約の内容に基づき行われる限り、不利益取扱いには当たりません。
しかし、業務上の必要性や本人の能力等、客観的な理由なく、単に「裁量労働制に同意しなかったこと」のみを理由に希望する部署への配置を行わなかった場合、不利益取扱いと判断されるリスクが生じます。
Q2: 同意を撤回した場合、給与を下げてもいい?
A: 撤回を理由とした減額は、原則として不利益取扱いに該当します。制度設計時に撤回後の処遇を明確にしておく必要があります。
労使協定/決議において、同意を撤回した労働者に対し、撤回を理由として不利益な取扱いをしてはならないことを定める必要があります。
ただし、あらかじめ労働契約や就業規則で、適用労働者のみに支給する手当(例:裁量労働手当)が合理的に定められていた場合、適用が解除(撤回)されることで当該手当の支給が停止されること自体は、不利益取扱いに当たらないと解されます。制度設計時に、同意の撤回後の配置及び処遇について、あらかじめ労使協定/決議で具体的に定めておくことが望ましいです。
健康・福祉確保措置の具体化(改正対応)
使用者は、適用労働者の労働時間の状況に応じて、協定または決議で定められた具体的な措置を実施しなければなりません。
1. 措置が必須とされる法的根拠
専門業務型(【労働基準法】第38条の3)および企画業務型(同法第38条の4)の両方で、労使協定/決議において「健康・福祉確保措置の具体的内容」を定めることが必須事項とされています。
2. 措置の選択肢と「望ましい」実施方法
健康・福祉確保措置は、以下の【1】と【2】の類型に分けられ、【1】から1つ以上、かつ、【2】から1つ以上実施することが望ましいとされています。
【1】長時間労働の抑制・休日確保(全員対象)
(例:以下から1つ以上選択)
- ① 勤務間インターバル(終業から始業までの休息時間)の確保
- ② 深夜業の回数制限(例:1か月〇回以内)
- ③ 労働時間が一定時間を超えた場合の制度適用解除
- ④ 年次有給休暇の取得促進(まとまった日数の連続取得など)
【2】勤務状況・健康状態の改善(個別措置)
(例:以下から1つ以上選択)
- ⑤ 医師による面接指導(法定基準より手厚く実施)
- ⑥ 代償休日・特別な休暇付与
- ⑦ 健康診断の実施
- ⑧ 心とからだの相談窓口の設置
- ⑨ 配置転換
- ⑩ 産業医等による助言・指導
3. 実務上の注意点(抽象的な表現の禁止)
健康・福祉確保措置は具体的でなければならず、抽象的な表現は不適切です。
❌ 不十分な例(抽象的)「健康に配慮する」「適宜面接指導を行う」といった抽象的な定め方では、具体的な措置の内容が不明確であり、要件を満たしません。
「労働時間が1か月80時間を超えた場合、産業医による面接指導を実施する」(上記【2】の⑤ ※法定要件とは別に設定)
※特に【2】の⑤(医師による面接指導)は、【労働安全衛生法】に基づく面接指導(月80時間超かつ疲労蓄積)の基準と同一の内容(例:月80時間)を設定することは不適切であり、法定基準よりも手厚く行う必要があります。
記録保存義務の詳細と法的根拠
使用者は、制度の適正な運用と労働者の健康確保のため、特定の記録を作成し、保存する義務があります。
1. 記録保存の対象となる事項
専門業務型と企画業務型の両方において、労使協定または決議で、以下の労働者ごとの記録を有効期間中および満了後3年間保存することが必須とされています。
- ① 労働時間の状況
- 適用労働者(対象労働者)の労働時間の状況
- ② 健康・福祉確保措置
- 健康・福祉確保措置の実施状況
- ③ 苦情処理措置
- 苦情処理措置の実施状況
- ④ 同意および同意の撤回
- 同意および同意の撤回の記録(令和6年4月1日~)
2. 保存期間の特例
【労働基準法】第109条は、労働関係の重要書類の保存期間を原則5年間としていますが、当分の間の措置として、これらの記録保存義務については「3年間」とされています。
3. 実務上のポイント:適切な記録管理体制の構築
- 労働時間の状況把握方法
記録の根拠となる労働時間の状況把握は、タイムカードやPCの使用時間の記録など、客観的な方法によることが必要です。 - 記録の形式
書面のみならず、電磁的記録(データ)での作成・保存も可能です。勤怠管理システム等での一元管理が効率的です。 - 記録の活用と法的リスク
これらの記録は、労働基準監督署の調査や労働紛争の際に必ず確認されます。特に「健康確保措置の履行」や「本人同意の証拠」として、適正な運用を証明するために不可欠です。 - 企画業務型特有の報告義務との関連
企画業務型では、これらの保存記録を基に、労働時間の状況や健康・福祉確保措置の実施状況などを、労働基準監督署長に定期報告する義務があります。

裁量労働制の適用範囲、特に企画業務型の「事業の運営に関する事項」の解釈は、紛争になりやすい点の一つです。単に「企画」という名称がついていても、実態が上司の具体的な指示に基づくルーティンワークであれば、裁量労働制の適用は無効と判断される可能性があります。ここではよくある2つの質問に回答します。