キリンHDの「AI役員」事例に見る議論のあり方
2025.12.10UP!
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キリンHDの「AI役員」事例に見る議論のあり方
日経に「キリンHDの「AI役員」評価上々 1議案に60の意見や論点提示」なる記事がありました。
おそらく、AI役員という形で分析させて、取締役における審議を闊達にするという目的もあろうかと思います。それによって、時間のない取締役が十分審議ができるというメリットもあるでしょう。
しかし、1議案に60もの論点があった場合、人間の知能はおそらく追いつけない部分も出てきます。それを一つ一つクリアにして、一つの議論をして「審議が十全にできた」と言えるかといえば、むしろ混迷するのではないでしょうか。
AIには二つの要素があります。人間を「考えさせない」と「考えさせる」です。
組織というのは、「迷いなく動く」ことと、「考える」ことが切り分けられ、決断後はしっかり動くことが要請されます。しかし、60論点もあれば考えることは不可能であり、そもそも経営のスピード感としては適さない場合があります。
経営判断における「方向性」とAIの重みづけ
ここで大事なのは「重みづけ」ですが、重みづけは政治的であいまいという考え方もあります。しかし、論点を導く基準、方向性と考えればわかりやすくなります。
取締役会が代表取締役を選定するのは、その方向性を決めるのが代表取締役として正しいという信じる前提があった方が良いでしょう。
すなわち、代表取締役が一定の信念で、不確実な将来に対して一定の方向性を与えるということです。
論点をすべてロジックで答えるのではなく、「方向性に論点を当てはめる」ということが大事になるのでしょう。そうすることで、論点の重みづけはおのずと見えてきます。
検討すべき論点は3点程度になり、その余の論点は、リスクをどのように抑えるかという「決断後のスムーズなリスク回避の問題」として捉えることで足りるということになります。
取締役会の機能と「捨てる」決断
自由闊達な議論は、民主的で素晴らしく見えますが、それらは実は正しくない場面もあります。会社は利益を出すことが要求される団体であり、利益を出すためには多数決という手法は実はそれほどなじむものではありません。
もちろん、論点によっては方向性よりも大事なものが出てきます。それを「安全性のガードレール」と呼び、方向性から逸脱し、方向を変えることを意味します。
何を方向付けし、何を諦めて、何に集中するのか。それでも捨てきれないものがあるとして、何を許容範囲としないのか。
これらを明らかにすることが取締役の仕事であり、取締役会の機能として行うべきことです。
その意味で、AIが論点を網羅するというのは当然の機能であり、かつ、代表取締役が各論点の答えを出すのではありません。
各論点の上位概念から方向性を打ち出し、その方向性をAIによりシミュレーションしてどのような結末になるかを確認する。それによって、重みづけとして何の論点を検討すればよいのかがわかり、かつ、どうしても切らなければならないことも分かってくるのです。
当たり前すぎるAIの使い方になりますが、分かりやすいのはサイバーセキュリティです。
昨今、アメリカでもヨーロッパでもサイバーセキュリティの重要性は認知されてきています。しかし、多くの企業の取締役は、サイバーセキュリティの一つ一つの常識を知っているわけではありません。
リスクが提示されても、「予算内で何とかせよ」としか言えない部分があるのが実情です。サイバーセキュリティにおける重みづけは十分されているとは言えません。
CAIO(最高AI責任者)に求められる「通訳」としての役割
最近、PWCが「CAIO実態調査2025―AI経営の成否を分けるリーダーの条件」を公開しています。
生成AIがもたらした革新的なブレークスルーにより、AI活用は単なる業務効率化にとどまらず、企業の競争力そのものを左右する、全ての企業にとって必須の経営アジェンダとなりました。
この潮流の中で、企業におけるAI活用を戦略的に推進する役割を担うのがCAIO(Chief AI Officer:最高AI責任者)です。CAIOは、AI戦略の立案から実行までを統治し、事業価値創出とリスク管理を両立することを期待されています。
CAIOの役目は、見えない将来を通訳して、適切なアウトラインを出す立場にあります。
様々な類型がありますが、ガバナンスにおいて、取締役らが認知しえないサイバーリスクを、できるだけ適切に「社会の納得できる側面」まで落とし込めるかが大事になります。
多くの予算をかけて100%破られないセキュリティ(これは理論上存在しません)を作るというのは愚策であり、すべきは「社会的許容範囲のセキュリティを、世界レベルで把握し、善処すること」です。
世界レベルと記載したのは、生成AIの登場により言語の壁はなくなり、セキュリティインシデントが容易に発生しやすくなったからです。
どのレベルで安全を図るかは大事な事項ですが、それを平易な形で話すことができる人材はそれほど多くはいません。
人材は取締役にわかりやすく説明するよりも、セキュリティ関連の実務に従事し、適切な処理をした方が良い場合もあります。とすれば、疑問を答えるのはAIで足り、そこに人材が補助的に答えることで十分足りるでしょう。
AIは幅広い情報を集約すること、そして、取締役が理解できるように説明することにも長けています。
人間がやるべきことと人工知能がやるべきことは異なり、適切な役割分担をすべきところです。
質問:AI役員を取締役会に導入するメリットとデメリットは何ですか? 回答: メリットは、膨大なデータに基づき人間が気づかない論点やリスクを網羅的に提示できる点です。一方、デメリットは、提示される論点が多すぎて人間の処理能力を超え、議論が発散・停滞するリスクがあることです。AIは網羅性を担保し、人間は「優先順位の重みづけ」と「決断」に集中する役割分担が不可欠です。
質問:CAIO(最高AI責任者)の主な役割とは何ですか? 回答: CAIOの核心的な役割は「通訳」です。単なる技術導入の旗振り役ではなく、サイバーセキュリティやAIリスクといった技術的な課題を、経営層が理解できる「ビジネスへの影響」や「社会的許容範囲」という言葉に変換し、経営判断可能なアウトラインを提示することが求められます。
質問:経営判断におけるAI活用のポイントはどこにありますか? 回答: 「方向性の検証」に活用することです。全ての論点に正解を求めるのではなく、代表取締役等が示した方向性(ビジョン)に基づき、AIにシミュレーションを行わせます。これにより、どの論点が重要で、何をリスクとして許容(または切り捨て)すべきかの「重みづけ」が明確になり、迅速な意思決定が可能になります。


