サイバーインフラ事業者ガイドライン案の責務と要求事項
2025.11.02
- blog
- SBOM
- ガイドライン案
- サイバーインフラ事業者
- セキュアバイデザイン
- 改正サイバーセキュリティ基本法
- 経済産業省
- 責務

【改正サイバーセキュリティ基本法】(2025年7月施行)に基づき、新たなガイドライン案(経産省)が公開されました。自社が「サイバーインフラ事業者」として何をすべきか、具体的な責務や要求事項が分からずお困りではありませんか?
この記事では、経済産業省と内閣官房が示したガイドライン案に基づき、事業者に課される5つの責務と顧客の責務を体系的に解説します。
顧客とサイバーインフラ事業者の適切な役割分担と責務の在り方について―」の概要
サイバーインフラ事業者の5つの責務と要求事項
ガイドライン案は、ソフトウェア開発ベンダーや運用ベンダーなどの「サイバーインフラ事業者」に対し、5つの基本的な責務を定義しています。これらは全て、経営層がリーダーシップを持って実施する必要があります。
責務1:セキュリティ品質を確保したソフトウェアの設計・開発・供給・運用
ソフトウェアのライフサイクル全体で、セキュリティを確保する責務です。「セキュアバイデザイン」と「セキュアバイデフォルト」の原則に基づいた行動が求められています。
要求事項(1):セキュアな設計・開発・供給・運用
この責務を果たすため、以下の4項目の個別要求事項が示されています。
- (1)-1 設計時のリスク評価と対策の追跡
リスクベースでセキュリティ要件を定義し、設計レビューやリスク対応を記録・保持し、定期的に確認します。 - (1)-2 セキュアなビルド
セキュアコーディングのプロセスを定義・実施します。設定ファイルを含むコードベース全体をレビューし、検証とフィードバックを行います。 - (1)-3 テスト
脅威モデルとリスク分析に基づきテスト計画を立てます。機能テスト、脆弱性テスト、ファジング、侵入テストなどを実施します。 - (1)-4 サービスのモニタリング
資産管理やモニタリング環境を整備し、セキュリティメカニズムの継続的な評価を行います。
責務2:ソフトウェアサプライチェーンの管理
自社が提供するソフトウェアだけでなく、それ含まれる外部コンポーネントも含めたサプライチェーン全体を管理する責務です。特にSBOM(ソフトウェア部品表)の活用が鍵となります。
要求事項(2):ライフサイクル管理、透明性の確保
サプライチェーンの透明性を確保し、顧客がリスクを判断できる情報を提供する必要があります。
- (2)-1 セキュアなコンポーネントの手配
外部調達コンポーネントの安全性を確認し、公知の脆弱性を定期的にチェックします。 - (2)-2 リリースファイルやデータのセキュアなアーカイブ
コードベースを保護し、各リリースをアーカイブ化します。SBOM(ソフトウェア部品表)を通じて出所データを収集・共有することが重要です。 - (2)-3 関係者間のセキュリティ要件の確立
サードパーティとの契約にセキュリティ要件を明記し、不適合時のリスク対処プロセスを整備します。 - (2)-4 利用者への適切な情報提供
ソフトウェアの導入・設定・操作・廃棄に関する情報や、整合性検証情報を継続的に提供します。
責務3:残存脆弱性への速やかな対処
ソフトウェアのリリース後に発見された「残存脆弱性」に対し、迅速かつ誠実に対応する責務です。脆弱性情報を収集し、迅速に分析・対処し、顧客へ通知する体制が求められます。
要求事項(3):残存する脆弱性の速やかな対処
脆弱性を「見つけ、直し、改善する」ための具体的な取組は以下の通りです。
- (3)-1 継続的な脆弱性調査
脆弱性対応体制を設置し、公知情報や利用者からの通知を通じて情報を収集します。 - (3)-2 検知した脆弱性への対処
脆弱性の影響を分析し、リスク対応計画を実装します。セキュリティ勧告を作成し、供給先への情報提供や制度報告を行います。 - (3)-3 対処結果を組織のプロセス改善に活用
根本原因を特定し、再発防止のために開発プロセスを見直します。
責務4:ソフトウェアに関するガバナンスの整備
セキュリティ対策を属人的な努力に頼るのではなく、組織全体としての仕組み(ガバナンス)を整備する責務です。経営層のコミットメントが不可欠です。
要求事項(4):人材・プロセス・技術の整備
「人」「プロセス」「技術」の3つの側面から、合計6項目の要求事項が定義されています。
- (4)-1 人材:経営層のコミットメントと人員の整備
経営層が役割と責務を定義・周知し、必要なトレーニングを提供します。 - (4)-2 プロセス:開発ポリシーの確立と法令順守
開発インフラのセキュリティポリシーを文書化し、法令遵守と予算確保を行います。 - (4)-3 プロセス:運用ポリシーの確立と法令順守
サービス運用インフラのセキュリティポリシーを定義し、監査によって確認します。 - (4)-4 プロセス:開発・運用基準の策定
セキュリティ確認基準を定義し、適合性を追跡・監査します。 - (4)-5 技術:セキュアな開発ツールの整備
リスクを軽減するツールを特定・配備し、証跡(ログ)が生成されるよう構成します。 - (4)-6 技術:セキュアな開発環境の整備
各環境(開発・テスト・本番など)を分離・保護し、開発用エンドポイントの保護を強化します。
責務5:サイバーインフラ事業者・ステークホルダー間の情報連携・協力体制の強化
自社単独ではなく、他の事業者や関係当局、専門組織(ISACなど)と積極的に連携し、脅威情報や脆弱性情報を共有する責務です。
要求事項(5):サイバーインフラ事業者・ステークホルダー間の関係強化
エコシステム全体でセキュリティレベルを向上させるため、以下の取組が必要です。
- (5)-1 情報連携のための組織体制
民間企業同士や関係当局と情報連携体制を構築し、脆弱性情報通知サービスなどを活用します。 - (5)-2 協力体制の強化
セキュリティコミュニティや協力体制を活用し、積極的に貢献します。
顧客の責務と要求事項
ガイドライン案は、事業者側だけでなく、ソフトウェアを利用する「顧客」(政府機関、重要インフラ事業者など)にも責務があると言及しています。
責務6:顧客の経営層のリーダーシップによるリスク管理とソフトウェア調達・運用
顧客は単なる受動的な利用者ではありません。セキュリティ要件を明確に提示し、調達基準を設定し、運用時のリスク管理を主体的に実施する責務を負います
要求事項(6):顧客によるリスク管理とセキュアなソフトウェアの調達・運用
顧客には、主体的なリスク管理とセキュアな調達・運用のために、以下の7項目が求められています
- (6)-1.1 リスク管理
主体的な取組と、事業者との契約に基づく協力的な取組を統合します。 - (6)-1.2 リソース整備
既知の脆弱性への対処(SBOM活用を含む)のため、リソースを割り当てます。 - (6)-1.3 協力体制の活用
セキュリティ改善目的のコミュニティや協力体制を活用します。 - (6)-2.1 セキュリティ要件の定義
ソフトウェア設計計画に必要なセキュリティ要件を定義し、事業者に事前提示します。 - (6)-2.2 セキュリティ慣行の要求開示
調達・導入前に、事業者に求めるセキュリティ慣行の開示を要求します。 - (6)-2.3 リスク評価に基づく意思決定
リスク評価に基づいて調達・導入の意思決定を行います。 - (6)-2.4 予算確保
ライフサイクルを考慮したソフトウェア運用、リスク対応、契約に係る継続的な予算を確保します。
【カード型レイアウト】責務と要求事項の対応構造
今回のガイドライン案は、「責務(基本理念)」と「要求事項(具体的取組)」が1対1で対応する形で整理されています。
責務1
セキュリティ品質を確保したソフトウェアの設計・開発・供給・運用
要求事項 (1)
セキュアな設計・開発・供給・運用
対象:サイバーインフラ事業者
責務2
ソフトウェアサプライチェーンの管理
要求事項 (2)
ライフサイクル管理、透明性の確保
対象:サイバーインフラ事業者
責務3
残存脆弱性への速やかな対処
要求事項 (3)
残存する脆弱性の速やかな対処
対象:サイバーインフラ事業者
責務4
ソフトウェアに関するガバナンスの整備
要求事項 (4)
人材・プロセス・技術の整備
対象:サイバーインフラ事業者
責務5
サイバーインフラ事業者・ステークホルダー間の情報連携・協力体制の強化
要求事項 (5)
サイバーインフラ事業者・ステークホルダー間の関係強化
対象:サイバーインフラ事業者
責務6(顧客)
顧客の経営層のリーダーシップによるリスク管理とソフトウェア調達・運用
要求事項 (6)
顧客によるリスク管理とセキュアなソフトウェアの調達・運用
対象:顧客(政府機関、重要インフラ事業者等)
ガイドライン導入の重要性と今後の展開
このガイドライン案は、合計6つの責務、6つの要求事項カテゴリ、28の個別要求事項(事業者向け21、顧客向け7)で構成されています。これにより、事業者と顧客が協力してレジリエンス(回復力)を向上させる枠組みが提供されます。
「セキュリティは誰の責任か」という曖昧さを解消し、経営層のリーダーシップの下で具体的な対策を実践することが可能になります。
今後の取組:
- パブリックコメント(2025年10月30日~12月30日)を経て、2025年中にガイドラインが成案化される予定です。
- 今後はチェックリストの拡充や、政府機関・重要インフラの調達基準での参照といった普及策が検討されます。
本ガイドラインは、米国やEUサイバーレジリエンス法など国際的な枠組みと整合性を図りつつ、【改正サイバーセキュリティ基本法】に基づく日本初の体系的な指針となります。
