生成AIの開発・利用において、著作権侵害のリスクやブラックボックス化への懸念が高まっています。これに対し、内閣府は新たな指針となる「生成AIプリンシプル・コード(案)」を策定しました。
本記事では、このガイドラインの核心である「コンプライ・オア・エクスプレイン」の仕組みと、表面的なルール解説にとどまらない「企業が直面する戦略的リスク」について、実務家向けに深掘りして解説します。
この記事でわかること
- プリンシプル・コードが求める「3つの原則」
- 「従うか、説明するか」の実務的な対応基準
- 真面目な企業ほど陥りやすい「情報開示の罠」とは
生成AIプリンシプル・コードの核心:「命令」ではなく「規律」
本コードの最大の特徴は、法的な強制力を持つ「ハードロー(規制)」ではなく、企業の自主性を重んじる「ソフトロー(規範)」である点です。その中心概念が【コンプライ・オア・エクスプレイン】です。
Comply(実施する)
原則として、コードが定める透明性確保や知財保護の措置を実施すること。推奨される標準的な行動です。
Explain(説明する)
技術的・実務的な理由で実施できない場合、「なぜ実施できないか」を合理的かつ詳細に説明すること。
対象となる事業者は、「AI開発者(モデルを作る企業)」と「AI提供者(サービスとして提供する企業)」の双方です。特に海外事業者であっても、日本市場向けにサービスを展開している場合は対象となります。なお、AI事業者ガイドラインも参照
企業が守るべき「3つの主要原則」
コードでは、ステークホルダー(権利者・利用者)に対して以下の3段階での情報開示を求めています。
Webサイト等で、学習データの概要、クローリングの方針、リスク対策などを誰でも見られる状態で公表する。
法的手続きを検討している権利者から「特定のURL(作品)」が学習されたか照会があった場合、その有無を回答する。
自作に酷似した生成物が発見された場合、プロンプト等の提示を条件に、学習データに含まれていたかを確認・回答する。
【深層分析】「正直者が損をする」構造的リスク
一見、理にかなったルールに見えますが、戦略的な視点(ゲーム理論)で分析すると、日本企業にとって危険な側面が浮かび上がります。
1. 「情報開示チキンレース」の罠
このコードは「情報を出した側」が攻撃されやすくなる非対称性を持っています。
- 日本企業の傾向:真面目に詳細を開示する → 訴訟や批判のターゲットになりやすい。
- 一部の外資・海外勢:「営業秘密」「OSS利用のため不明」としてExplain(説明)で逃げる → 実質的なペナルティがない。
2. 訴訟準備コストの転嫁
原則2・3における「URL単位での照会対応」は、実質的に「権利者の証拠収集プロセス」を事業者に負担させるものです。ログの保存や検索システムの構築コストは膨大であり、体力のないスタートアップにとっては大きな参入障壁となり得ます。
実務担当者がとるべき「3つの戦略」
では、企業はどう対応すべきでしょうか。無防備に全てを開示するのではなく、戦略的な「コンプライ・オア・エクスプレイン」の運用が求められます。
戦略①:「Explain」の質を高める
「できません」の一点張りではなく、「技術的に不可能な理由」や「グローバル仕様による制約」を論理的に言語化(文書化)しておくことが重要です。これが説明責任を果たしたという証拠になります。
戦略②:ログ保存は「法務導線」として設計する
学習ログの保存は、開示のためだけでなく、自社が「侵害していないこと」を証明する防御手段としても機能します。開示範囲と保存期間を法務部門と綿密に設計してください。
戦略③:OSS利用時のライセンス明示
外部モデル(OSSなど)を利用している場合、学習データの詳細は把握できないことが一般的です。その場合は、利用しているモデルのバージョンやライセンスを明記し、責任範囲を明確に区分けしましょう。
まとめ:透明性は武器にも弱点にもなる
「生成AIプリンシプル・コード」は、将来の法規制を見据えた重要なマイルストーンです。しかし、戦略なき情報開示は自社の首を絞めることになりかねません。
「何を開示し、何をExplain(説明)で守るか」。この線引きこそが、今後のAI法務の最重要課題となるでしょう。

