赤坂国際会計事務所

アジャイル開発における受注者の裁判リスクと実務上の備え4 炎上しないアジャイル開発|数字と対話で信頼を築く専門家

2025.09.15

導入

アジャイル開発は柔軟性と迅速な対応を重視する開発手法ですが、その一方で、工数が増加しやすく、開発期間内に終わらないことが常態化しています。そのため、この状況をユーザーにどう説明するかは難しく、失敗すればトラブルに発展するケースも少なくありません。そこで本記事では、アジャイル開発が炎上する根本原因と対策を解説し、ユーザーとの信頼関係を築くための工夫について考察します。

アジャイル開発の炎上、根本原因は「認識のズレ」

そもそもアジャイル開発は、変化に柔軟に対応できる開発手法として広く採用されています。しかしながら、実際の現場では「炎上」「訴訟リスク」「信頼崩壊」といった事例が後を絶ちません。その根本原因は、ユーザーとベンダー間における構造的な認識ギャップと、プロジェクト状況の可視化不足にあります。

1. 構造的問題:なぜユーザーとベンダーの認識はズレるのか

まず、プロジェクト炎上の根底には、ユーザーとベンダーがそれぞれ見ている景色の違いがあります。

ユーザーの真の関心事

例えば、ユーザー(発注者)はアジャイル開発のプロセスそのものよりも、事業上の成果に直結する以下の点に強い関心を持っています。

  • 予算が超過しないこと
  • 期待する成果が納期内に出ること
  • プロセスへの関与は基本的に煩わしいと考えている
  • したがって、定例ミーティングやバックログ共有にも興味を失いやすい

ベンダー側の典型的な誤解

それに対して、ベンダーである現場側では、プロセスを共有していることを根拠に、次のように誤解しがちです。

  • 定例に出席しているから、状況は理解しているはず
  • バックログを見せているから、進捗には安心しているはず
  • アジャイルなのだから、仕様変更は当然受け入れてもらえるはず

このように、双方の期待値と関心事がズレている状態こそが、プロジェクト炎上の第一歩となるのです。

2. ユーザー側の典型的な問題行動パターン

認識のズレが生じると、実務においてユーザー側に特有の問題行動が見られるようになります。

「後出しじゃんけん」と責任転嫁

具体的には、以下のような行動が挙げられます。

  • 「そんな仕様だとは知らなかった」と後から主張する
  • 「なぜこちらに確認しなかったのか」と責任を転嫁する
  • 重要な前提条件や意思決定の背景を共有せず、手戻りを平気で求める
  • さらに、手戻りのコスト認識が低く「当然対応すべきだ」と考える

なぜ、このような行動が起きるのか

ユーザーがこうした行動を取る背景には、いくつかの理由が存在します。

  • そもそもユーザーの組織内部でも仕様が固まっていないことが多い
  • また、政治的事情(部門間調整など)が優先され、ベンダーとの一貫性が失われる
  • そして、「アジャイル=仕様を最後まで決めなくても良い」という誤解が社内に存在する

これらの行動は、アジャイル開発の「柔軟性」というメリットが悪用されやすい、構造的なリスクであると言えます。

3. なぜ法律論・契約論では解決しないのか

プロジェクトが炎上しそうになると、ベンダー側は「準委任契約だから成果は保証しない」といった法律論に頼ることがあります。しかし、このアプローチは極めて危険です。

ユーザーの心理

なぜなら、ユーザーは法律論よりも自身の投資対効果を重視するからです。

  • お金の流れと成果の関係が不明瞭になったとき、最も強い不信感を抱く
  • その結果、「知らなかった」「確認がなかった」という主張をしやすくなる
  • そして、一方的にベンダーを追い詰め、訴訟や支払拒否の正当化材料にしてしまう

つまり、法律論は最後の防衛線に過ぎず、それ以前に関係性を構築し、情報を透明化することこそが重要なのです。

4. 解決策:ベロシティーとストーリーポイントによる「対話の質」向上

では、どうすれば認識のズレを防げるのでしょうか。その答えが、ベロシティーとストーリーポイントの活用です。

基本概念

  • ストーリーポイント:作業の量や複雑さを相対的な「ポイント」で見積もる単位
  • ベロシティー:1スプリント(1〜2週間)でチームが消化できるストーリーポイントの実績値

会話品質向上の効果

これらの指標を活用することで、ユーザーとの対話の質が劇的に向上し、以下の効果が得られます。

  • ユーザーに「変更は必ずコストとして跳ね返る」ことを視覚的に理解させられる
  • 「今後の手戻りが現在の開発速度(ベロシティー)では吸収できない」ことを客観的なデータで議論できる
  • その結果、「なぜ事前の仕様確認が重要なのか」をユーザー側に納得させやすくなる

実務上のポイント

実際に運用する際は、以下の点が重要になります。

  • ベロシティーと考え方を、プロジェクト初期のユーザー教育に組み込む
  • スプリントレビューの際、手戻りによるポイント消費を数字として明確に示す
  • もし手戻りが発生した場合は、その影響を見積もり直し、ユーザーから明示的な了承を得るプロセスを徹底する

5. ユーザーが納得してお金を払う仕組み作り

最終的に、ユーザーとの信頼関係は「支払いに納得感があるか」に集約されます。そのために必要な5つの要素を紹介します。

① 労働単価・作業単価の事前合意
まず、作業内容ごとの単価や価値について、あらかじめ双方で認識を揃えておきます。

② 作業内容と成果の透明化
次に、非技術者にもわかる形で、作業進捗やコード量といった成果を常に見える化します。

③ 変化の記録と説明責任
加えて、機能追加や仕様変更の際は、必ず議事録を作成し、影響範囲の見積もりを共有します。

④ ベロシティー/ストーリーポイントの活用
そして、これらの指標を用いて会話の質を上げ、「手戻り=コスト/納期への影響」が自明な状態を作ります。

⑤ 工数見積もりの「不確実性」の共有
最後に、見積もり精度の限界と信頼区間をユーザーと共有し、期待値を現実的な範囲に調整します。

まとめ

結論として、アジャイルは「変化対応型」の開発手法ですが、「変化悪用型」の振る舞いには耐性がありません。特に、ユーザーによる後出しの主張や意図的な情報隠しへの対処は、プロジェクトの設計段階から組み込むべきです。

成功のための3つの原則

この成功を実現するためには、以下の3つの原則を忘れてはなりません。

  1. 法律論に頼るのは最後の手段と心得る
  2. 日常の会話レベルで、常に数字と可視化された情報を活用する
  3. ベンダーが主導して、意図的にユーザー教育を行う

このようなガバナンス設計こそが、現代のアジャイル開発を成功に導く鍵となります。逆にこれを怠ると、裁判所が判断を下す前に「信頼関係の崩壊」によってプロジェクトは失敗に終わるでしょう。

したがって、開発キックオフミーティングの後であっても、開発全体の概算見積もりは作成し、共有することが不可欠なのです。

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