アジャイル開発における受注者の裁判リスクと実務上の備え6 裁判官の理解と調停委員の理解は雲泥の差
2025.09.15
ソフトウェア開発の訴訟は、単なる法律論争の場ではありません。技術的な専門性を裁判官にいかに理解させるか。それが勝敗を大きく左右します。説得力のある主張の展開が鍵となるのです。
もし自社の技術が正しく評価されず、不利な判決を受けたら…。本記事では、実際の開発訴訟の攻防を基に解説します。開発者や経営者が知るべき「勝つための専門性の伝え方」を学びましょう。
ソフトウェア開発訴訟で直面する「技術理解の壁」
ソフトウェア開発の訴訟では、IT技術への理解度が重要です。裁判官や相手方の理解度が、審理に大きな影響を与えます。これが開発者側が最初に直面する大きな壁となります。
例えば、過去の裁判ではある裁判官がこう発言しました。「公共工事とアジャイル開発は変わらない」。このような認識のズレを、口頭の説明だけで埋めるのは困難です。
基本的な事項から、書面で丁寧に解説する必要があります。例えばアジャイル開発とウォーターフォール開発の違いなどです。こうした地道な努力が不可欠になります。
特に、調停手続きに移行すると状況は一変します。第三者の専門家が関与し、技術論の前提が大きく変わるためです。これまで技術論を避けていた相手方が、急に慌てだすケースも見られます。専門外の人へ、いかに専門的な内容を正確に伝えるか。これが最初の関門です。
ソフトウェア開発訴訟を有利に進める2つの戦術
技術理解の壁を乗り越え、訴訟を有利に進めたい。そのためには2つの戦術が極めて重要です。それは「専門家の力を借りる」ことと「チームで戦う」ことです。
① 専門委員を戦略的に活用する
技術的な争点がある訴訟では、専門委員が頼りになります。専門委員は、裁判官を補助する役割を担います。しかし、専門委員が自社の主張を理解するとは限りません。そのため、その選定は「諸刃の剣」と言えるのです。
選ばれる専門委員にはリスクもあります。技術への理解が浅いままPMを語る人物。一方的な「ユーザー最強主義」を振りかざす人物。こういった専門委員が選ばれる可能性もゼロではありません。
だからこそ、専門委員候補をこちらから推薦すべきです。自社の主張を正しく理解でき、相手方も納得する経歴を持つこと。この2点が重要になります。
[専門家のコメント]
専門委員と調停委員は異なります。調停はあくまで話し合いがベースです。一方、訴訟の専門委員は裁判官の判断に直接的な影響を与えます。どちらの手続きを選ぶかは、事案の性質を見極めて慎重に判断すべきです。
② 現場エンジニアと最強のチームを組む
主張に説得力を持たせる源泉。それは開発最前線にいたエンジニア自身の言葉です。弁護士が又聞きで苦労を説明しても、上辺の言葉になりがちです。「このコードは大変だった」というだけでは響きません。
裁判官などから開発の苦労を問われたら、すぐに現場エンジニアと準備を始めましょう。自分より技術に詳しい専門家(エンジニア)の力を借りるのです。そうすることで、主張のロジックはより強固になります。
このプロセスで、こちらの主張は磨かれていきます。結果として、主張すればするほど有利な状況が生まれるのです。
【重要】開発訴訟の勝敗は経営者の協力姿勢で決まる
ソフトウェア開発訴訟で弁護士が最も困ること。それは経営者の「放置プレイ」です。「法律は分からないから任せる」という姿勢は危険です。非協力的な場合、敗訴の可能性は非常に高まります。
弁護士の「できること」と「できないこと」は明確です。現場でしか分からない情報があります。例えば技術仕様や開発の経緯です。これらはエンジニアや経営者が主体的に提供してください。弁護士の説明を補強する必要があるのです。
議事録だけでは伝わらない開発の背景。ストーリーポイントの見積もり根拠。これらは現場の当事者でなければ説明できません。弁護士は推測では動けないのです。
訴訟は最終手段です。しかしその土俵に上がった時、最後にものを言うのはチームの結束力です。そして、準備された緻密な論理に他なりません。