赤坂国際会計事務所

海外子会社リスク管理計画書|策定ポイントを解説

2025.10.09UP!

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企業のグローバル化は進んでいますが、それに伴い課題も増えています。ある調査では、実に80%以上の企業が子会社管理に悩んでいると回答しました。海外子会社の管理体制に不備があると、大きな損害を招く危険があるのです。例えば、グループ全体の財務やブランドに深刻な影響が及ぶ可能性があります。

そこでこの記事では、「リスク管理計画書」の作り方を解説します。これは、グループ全体の企業価値を守るための重要な計画です。策定のポイントを紹介します。

海外子会社リスク管理の基本方針

効果的なリスク管理には、まず明確な基本方針が不可欠です。例えば、以下の3つの基本方針を掲げることで、グループ全体の持続的な成長を目指せます。

  • ①リスクベース・アプローチ
    経営資源には限りがあります。そのため、事業目標に特に重大な影響を及ぼすリスクの防止に重点を置きます。具体的には、子会社をリスクレベル別に分類し、それぞれに応じた管理を行います。
  • ②権限委譲と統制の最適バランス
    まず親会社がグループ共通の方針を設定します。しかし、現地の状況に応じた迅速な事業運営も必要です。そこで、子会社に適切な権限を委譲し、同時に強固なモニタリングで統制とのバランスを維持します。
  • ③役割と責任の明確化
    親会社や各子会社の役割と責任を明確に定義します。これにより、指揮命令系統が確立されます。その結果、ガバナンスの形骸化を防ぐことにつながります。

ガバナンス・リスクと管理体制の構築

効果的な海外子会社管理の根幹は、強固なガバナンス体制です。業務のサイロ化を防ぎ、グループ全体の透明性を確保しなければなりません。そのためには、組織の枠組みや報告の仕組みを明確に定義することが重要です。

統括体制と役割・責任の明確化

子会社管理が「現地任せ」になる事態は絶対に避けましょう。なぜなら、不正や経営判断の遅延を招くリスクがあるからです。これを低減するため、各組織の役割と責任を以下のように明確に定めます。

親会社・国際リスク管理室

主な役割: グループ全体のリスク管理方針の策定と展開、各子会社のモニタリング、重要リスクの評価、子会社の体制構築支援。

海外子会社・取締役会

主な役割: グループ方針と現地法規制を遵守した事業戦略の実行、現地経営陣の監督、親会社への重要事項の付議。

海外子会社・代表者

主な役割: 日常業務の執行責任、親会社への適時・正確な報告、現地におけるコンプライアンス文化の醸成。

権限委譲と意思決定プロセス

意思決定の遅延は避けなければなりません。また、子会社の自律性を尊重することも大切です。しかし、グループ経営に大きな影響を与える事項は別です。これらについては、親会社の事前承認を必須とします。そして、これらのルールは「権限規程」として全社に展開します。

【親会社の承認を必要とする主要事項の例】

  • 一件あたり500万円以上の設備投資
  • 事業の根幹に関わる重要な契約の締結(M&A関連など)
  • 定款に記載のない新規事業の開始
  • 新規の借入や増資などの資金調達
  • 取締役および監査役の選任・解任

情報共有と報告体制

グループ全体の経営状況を正確かつタイムリーに把握することも重要です。そのために、全海外子会社は定期報告書を提出します。その際、グループ共通のテンプレートを使用することがルールです。

  • 月次報告書: P/L、B/S、キャッシュフロー計算書、および事業進捗サマリー
  • 四半期レビュー報告書: 予算対比での詳細な財務分析、市場動向、主要プロジェクトの進捗
  • 年次報告書: 当該年度の業績総括、および本リスク管理計画書に対する遵守状況の自己評価

法務・コンプライアンスリスクへの対応策

複数の国や地域で事業を展開すると、法務リスクなどが複雑になります。したがって、各国の法令を遵守することが第一です。さらに、贈収賄防止やデータ保護といった倫理基準を徹底する仕組みも不可欠です。

各国法規制の遵守体制

各子会社は、事業を行う国や地域の法令を厳格に遵守しなければなりません。そのために、法改正の動向を継続的にモニタリングします。そして重要な変更があった場合は、速やかに親会社へ報告するプロセスを構築します。また、主要な契約書については、少なくとも年一回、現地の外部法律専門家によるレビューを受け、レッドフラッグ調査をすべきです。

重点コンプライアンス・テーマへの対応

特にグローバルで脅威となりうる高リスク領域もあります。これらについては、グループ全体で重点的に対策を講じます。

  • 贈収賄防止 (ABAC): 全従業員への定期研修を実施し、贈答・接待に関する明確なガイドラインを策定します。
  • データプライバシー保護: GDPR等の現地法制を評価し、グループ共通のプライバシーポリシーを遵守します。
  • 人権尊重: 事業活動およびサプライチェーンにおいて、強制労働や差別などの人権侵害を防止します。

専門家の視点:子会社不正が招くリスク

ケーススタディ:Nidec社の事例

近年、Nidec(日本電産)では子会社の不適切会計が複数報告されました。これにより、ガバナンス上の信認が揺らぐ事態となったのです。具体的には、中国子会社で約2億円の不適切処理が発覚しました。これを受けて、第三者委員会による調査が行われています。さらに同社は、過去の連結調整で売上が過大計上されていたことも認めました。その結果、2023年・2024年の営業利益を訂正する決断を公表しています。

ケーススタディ:日本IBM社の事例

過去には日本IBMの事例もありました。2005年、不適切な売上計上が発覚したのです。そして、通期で約2億6000万ドルもの大規模な業績修正を余儀なくされました。この背景には、営業部門への過度な成績プレッシャーや、四半期末の数字合わせといった慣行があったとされています。

事例から学ぶべき教訓

このような子会社レベルの不正は、親会社の会計監査に影響します。例えば、「意見留保」といった重い判断を招く可能性があります。その結果、信用力の毀損や資金調達コストの上昇といった副次的被害も現実的に予想されます。したがって、子会社の不正対策は会計リスクの低減だけが目的ではありません。優秀な人材を守り、組織の持続性を確保するための必須課題と言えるのです。

内部通報制度の整備と運用

グループ共通の内部通報制度を整備することも大切です。全役職員が安心して利用できる環境を維持しましょう。制度が形骸化するのを防ぐため、匿名性を確保し、報復行為を厳格に禁止します。また、直属の上司を通さない複数の報告チャネル(親会社の監査部門への直通ラインなど)の提供が極めて重要です。

経理・財務リスクへの対応策

標準化された財務管理は、不正行為の防止などに不可欠です。そのため、会計処理や資金管理に関するグループ共通のルールを策定し、徹底することが重要になります。

会計処理・報告の標準化

各国の会計基準の違いは、連結決算の非効率を招きます。この問題をなくすため、「海外子会社向け会計方針ガイドライン」などを策定します。これにより、収益認識や資産の減損といった会計処理について、グループ内での一貫性を確保します。

資金管理 (Treasury Management)

子会社レベルでの非効率な資金管理は、損失リスクを増大させます。そこで、これらのリスクに対応するため、以下の対策を講じます。

資金繰りの悪化リスク

主な対応策: 月次の資金繰り予定表と実績報告を義務化します。そして、予実差異の原因分析を徹底します。

為替変動リスク

主な対応策: 為替予約等のデリバティブ活用を検討します。また、送金タイミングの分散化も実施します。

余剰資金の滞留リスク

主な対応策: 定期的なキャッシュフロー分析に基づきます。その上で、配当やグループ内貸付による本社への資金還流計画を策定・実行します。

データの一元管理と可視化

データの陳腐化や分断は、グループ全体の状況把握を阻害します。この問題を克服するため、全子会社に共通のERP等を導入し、データ管理を統合します。そして親会社は、財務ダッシュボードを構築し、全拠点のKPIを常時監視します。

モニタリングと継続的改善 (PDCAサイクル)

リスク管理計画は、策定して終わりではありません。計画を有効に機能させるには、PDCAサイクルを回すことが重要です。つまり、実行状況を検証し、継続的に改善するのです。ここでは、遵守状況を確認する仕組みと改善プロセスを定めます。

モニタリング手法

子会社の状況を多層的に監視するためには、以下の手法を組み合わせることが有効です。

  • 定常的モニタリング: 親会社が、子会社から提出される月次・四半期報告書をレビューします。これにより、リスクの兆候を早期に把握します。
  • 内部監査: 親会社の内部監査部門が、定期的かつ独立した立場で子会社監査を実施します。そして、内部統制の有効性を評価します。
  • 自己点検: 各子会社が年に一度、「自己点検シート」を用います。これによって、グループ方針の遵守状況を自ら評価し、改善点を特定します。

問題点の是正と改善プロセス

モニタリングで問題が発見された場合、当該子会社は「是正計画書」を親会社に提出します。この計画書には具体的な改善策と実行スケジュールを明記させます。そして親会社は、問題が解決されるまでその進捗を追跡管理します。このようにして、確実なPDCAサイクルを回すのです。

よくある質問(FAQ)

Q1. リスク管理計画書はどのくらいの頻度で見直すべきですか?
A1. 少なくとも年に一度の定期的な見直しを推奨します。また、事業環境や関連法規に重大な変更があった場合にも、速やかに見直しと更新を行うべきです。
Q2. 小規模な海外子会社でも、同じレベルのリスク管理が必要ですか?
A2. 全ての子会社で同じ管理を求めるのは非効率です。そのため、「リスクベース・アプローチ」が重要になります。具体的には、子会社の規模や事業内容、カントリーリスクなどを評価します。その上で、リスクレベルに応じた適切な水準の管理を適用することが大切です。

この記事の監修者

赤坂国際法律会計事務所
弁護士 角田進二

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