TSMC訴訟競業避止義務と営業秘密:技術者の転職リスク管理と有効要件
2025.11.26UP!
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TSMCは2025年7月に退職した元幹部が、退職後すぐに競合企業であるインテルにEVPとして就任したことから、雇用契約および競業避止条項に基づき訴訟を提起しました。報道によれば、羅氏は企業戦略部門に異動後も研究開発部門に会議や資料提供を要求し、先端製造プロセスに関する情報を把握していたとされます。退職面談では「学術機関に行く」と告げたが、実際はインテルに転職したため、TSMCは競業禁止違反と営業秘密漏えいのリスクを指摘しています。
TSMC元幹部のインテル転職と訴訟の背景
世界的な半導体メーカーであるTSMC(台湾積体電路製造)が、2025年7月に退職した羅唯仁・元資深副総経理(シニア・バイス・プレジデント)に対し、競業避止義務違反などで訴訟を提起した事例は、技術者の転職リスクを考える上で重要なケーススタディです。
報道によると、羅氏は退職面談で「学術機関に行く」と告げていたものの、実際には退職後すぐに競合である米インテル(Intel)のEVP(エグゼクティブ・バイス・プレジデント)に就任しました。TSMC側は以下の点を問題視しています。
- 虚偽の申告:行き先を学術機関と偽り、競合他社へ転職した点。
- 情報の不正取得疑惑:企業戦略部門への異動後も、本来の権限を超えて研究開発部門へ資料提供を要求し、先端製造プロセス情報を把握していた疑い。
この事例から、単なる契約違反だけでなく、「退職時の振る舞い」や「在職中の情報アクセス履歴」が、後の訴訟で不利に働く可能性が見えてきます。
競業避止義務が「有効」と判断される4つの要件
企業と「競業避止契約」を結んでいても、そのすべてが法的に有効なわけではありません。職業選択の自由を不当に制限しないよう、法律(台湾労働基準法など)では厳格な判断基準が設けられています。
以下の4つの要件を満たしている場合、契約は「有効」と判断される可能性が高まります。
1. 正当な営業利益
会社側に「守るべき独自のノウハウや利益」が存在するかどうかが問われます。単なる一般的知識は含まれません。
2. 営業秘密への接触
その従業員が、職務を通じて会社の重要機密にアクセスできる立場にあったかどうかが判断されます。
3. 合理的な範囲
期間(通常2年以内)、地域、職種が限定されているか。TSMCのようなグローバル企業の場合、地域制限がなくても「ファウンドリー事業者」への転職であれば競業とみなされる可能性があります。
4. 合理的な補償
転職を制限する代わりに、十分な金銭的補償(例:平均賃金の50%以上)が行われているか。退職時の特別ボーナス等がこれに含まれると解釈されるケースもあります。
どこからが違法?「営業秘密」の定義と罰則
競業避止義務とセットで問題になるのが「営業秘密」の侵害です。TSMCのケースでも、先端技術情報の漏えいが懸念されています。
法的に保護される「営業秘密」とは、以下の3要件を満たす情報を指します。
🔴 秘密性(非公知性)
同じ分野の専門家であっても、通常の方法では知り得ない秘密情報であること。
🔴 経済的価値(有用性)
その情報を使用することで、売上の向上やコスト削減などの利益を生み出すこと。
🔴 秘密管理性
アクセス権限の設定やNDA(秘密保持契約)の締結など、会社が「秘密」として合理的に管理していること。
刑事責任のリスクについて
営業秘密の不正持ち出しは、民事賠償だけでなく刑事罰の対象にもなります。台湾の営業秘密法を例に取ると、以下のような重い罰則が規定されています。
- 国内犯:5年以下の懲役または禁錮、および罰金。
- 域外使用罪(海外への持ち出し):1年以上10年以下の懲役、および高額な罰金(300万〜5000万台湾ドル)。
ただし、営業秘密の侵害は一般的に「親告罪」であり、被害者(企業側)が具体的な証拠を持って告訴しない限り、刑事責任は問われません。そのため、TSMCなどの企業は、ログデータなどの証拠収集に全力を注ぐことになります。
