内部通報制度が「形だけ」に?機能しない5つの壁と実効性
2025.11.04UP!
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内部通報制度が「形だけ」に?機能しない5つの壁と実効性
内部通報制度を導入し、【公益通報者保護法】に準拠した体制を整備した。しかし、「不正の発見につながらない」「制度が形骸化している」とお悩みではありませんか?
法令遵守のための体制整備は最低限の義務ですが、それだけでは「機能する制度」にはなりません。なぜなら、制度を利用する「人」の心理的障壁や、根深い「組織文化」の問題が解決されないからです。
本記事では、なぜ制度が機能不全に陥るのか、その理由を最新の調査報告書から分析します。さらに、真に実効性のある体制を構築するための本質的なアプローチを専門家が解説します。
過去にも制度はあるのに、なぜ機能しないのか
結論から言えば、「制度を作ること」と「制度が機能すること」は全く別の問題だからです。
2022年6月の改正【公益通報者保護法】施行により、企業には厳格な体制整備(従事者の指定、窓口設置、教育実施など)が義務付けられました。しかし、消費者庁が2024年3月に公表した調査報告書は、衝撃的な事実を明らかにしています。
調査対象となった企業の多くで内部通報制度が存在していました。にもかかわらず、不正の早期発見・是正に機能していない実態が浮き彫りになったのです。これは、常時使用する労働者が300人を超える大手企業においてさえ、「事業者が公益通報に適切に対応するための体制整備」が実効性を伴っていないことを示しています。
消費者庁調査が示す5つの機能不全
同調査報告書は、内部通報制度が機能しない主な理由として以下の5点を指摘しています。
① 規範意識の鈍麻
長年の不正行為が「そういうもの」として正当化され、従業員が違法性を認識できなくなっている状態。
② 内部通報窓口の問題
グループ会社・海外子会社からの通報手段がない、あるいは「まず上司に相談」という誤解を生む周知がされている。
③ 制度に対する認識の欠如
約88%の従業員が窓口の存在を知らない、またはハラスメント専用窓口だと誤解されている。
④ 内部通報を妨げる心理的要因
通報者として特定される恐怖や、不正関与者が対応に従事していることへの不信感。
⑤ 内部通報後の不適切な対応
通報の受け手にバイアスがある、調査担当者の権限・能力が不足している、事態拡大の回避を優先してしまう。
法令遵守だけでは越えられない「5つの壁」
弁護士の視点
前回の【公益通報者保護法】は、体制整備を「義務化」しました。しかし、残念ながら「制度の機能」までは保証しません。私たちの実務経験から見ても、法的要件を満たすだけの「チェックボックス・コンプライアンス」では、実際の不正は防げません。なぜなら、これから解説する「5つの構造的ギャップ」が組織内に存在するからです。
そして、2025年の改正では、この「実効性」がさらに厳しく問われます。300人超の事業者に関しては、事業者が公益通報に適切に対応するための体制整備の徹底と実効性の向上の義務が課されました。具体的には、現行法の指導・助言、勧告権限に加え、勧告に従わない場合の命令権及び命令違反時の刑事罰(30万円以下の罰金、両罰)が新設されます。さらに、上記事業者に対する現行法の報告徴収権限に加え、立入検査権限も新設。報告懈怠・虚偽報告、検査拒否に対する刑事罰(30万円以下の罰金、両罰)も課されます。
よって、以下の通り公益通報に適切に対応するための体制整備の徹底と実効性の向上の義務を具体化し検討する必要があるのです。
1. 教育と実践のギャップ:研修で学んでも日常業務で活かされない
典型的な失敗例:検査不正があったA社
年1回のコンプライアンス研修を実施していましたが、従業員は「本件問題は”そういうもの”として前任者から引き継いでいる」と証言しました。
なぜ機能しなかったのか:
- 研修内容が抽象的で、自分の業務のどの行為が違法か理解できない
 - 「みんなやってる」という環境では、研修内容が「建前」として処理される
 - 同業他社の不正事例も「うちは違う」と他人事化される
 
問題の本質:
指針は「教育せよ」と命じますが、組織文化をどう変革するかの手法は示していません。
2. 制度と心理のギャップ:保護規定があっても恐怖は消えない
典型的な失敗例:会社資産不正流用があったP社
通報者保護規定が整備されていたにもかかわらず、従業員は次のように証言しました。
「通報したことがA氏に伝われば、自らが通報したことが発覚してしまう可能性があることを恐れ、通報することができなかった」
従業員の心理プロセス:
- 不正を発見(A氏が関与)
 - 内部通報制度の存在を認識
 - しかし…
- 「部署が小さく、調査すれば誰が通報したか推測可能」
 - 「A氏は調査結果を知る立場にある可能性」
 - 「規定では保護されても、実際には特定される」
 
 - 恐怖が確信に:「規定は建前、実際には守られない」
 - 通報断念
 
さらに深刻な問題:「組織への影響」を懸念する心理
品質不正があったO社の従業員はこう証言しています。
「言ってしまったらどれだけ話が大きくなってしまうのだろうかと怖くなり、言えなかった(製品の出荷停止等を懸念)」
これは不正を隠蔽したいのではありません。むしろ、「出荷停止になったら同僚に迷惑」「会社の業績悪化」「自分が『会社を潰した人』として見られる」といった懸念が背景にあります。つまり、「組織のため」という歪んだ忠誠心が、通報を阻害しているのです。
問題の本質:
指針は個人の保護(不利益取扱い禁止)を規定します。しかし、組織全体への影響を懸念する心理には対処していません。
3. 規定と文化のギャップ:規定は変わっても組織文化は変わらない
典型的な失敗例:経営幹部着服があったI社
アンケート結果では、回答者のうち実に約88.3%の従業員が、内部通報窓口の存在を知らないと回答しています。
指針に従い年1回の研修を実施していたにもかかわらず、なぜこの結果なのでしょうか?
情報が届かない構造:
- 周知方法:入社時研修、年1回のeラーニング
 - 従業員の現実:
- 日常業務に追われ、研修は「義務でこなすもの」
 - 5年前の入社時研修の内容は記憶になし
 - eラーニングは流し見で修了
 
 - 結果:情報は「提供された」が「認識されていない」
 
もう一つの典型例:接待汚職があったJ社
内部通報窓口が設置されていました。しかし、「窓口は主としてハラスメント関連の窓口として認識されていた」ため、会計不正を発見した従業員は通報しませんでした。
認知バイアスの形成過程:
- 窓口設置当初、ハラスメント相談が多数(目立つ)
 - 社内の口コミ:「○○さんがパワハラで相談してた」
 - 認識の固定化:「あそこは人間関係の相談窓口」
 - 会計不正を発見した従業員:「あの窓口は関係ない」と判断
 - 通報されず
 
問題の本質:
指針は「対象範囲を説明せよ」と言います。しかし、社内の非公式な情報流通(口コミ)により認識は歪められます。その結果、継続的周知を求めても、「形骸化した定期イベント」として処理され、実効性がありません。
4. 権限と権力のギャップ:形式的権限があっても実質的権力関係には勝てない
典型的な失敗例:不適切会計があったQ社
外部弁護士に調査を依頼したにもかかわらず、次のような事態が発生しました。
「調査に必要な基礎資料が経理部門から提出されず、またA氏のインタビューが十分に行えなかったため、外部弁護士の調査は思うように進まなかった」
権限と実効性のギャップ:
- 規定上:調査部門に資料提出要請権限あり
 - 現実:
- 経理部門:「業務多忙」「資料の特定が困難」で遅延
 - A氏:「出張中」「重要会議」で面談不可
 - 調査部門:強制力なく、依頼ベースでしか動けない
 
 - 結果:調査が形骸化
 
根本問題:
- 内部調査の限界:経営陣や幹部が非協力的な場合、強制力不足
 - 組織内の力関係:調査担当者より被調査者の方が権力を持つ
 
5. 義務と機能のギャップ:法的義務を履行しても実質的機能は担保されない
典型的な失敗例:不適切会計があったQ社(続き)
利益相反排除規定を設けていたにもかかわらず、実態はこうでした。
「当該元従業員・A氏の双方に対するバイアスから、当該元従業員通報を真摯に取扱わなかった」
バイアスの構造:
- 通報者:元従業員(退職時にトラブル)
→ 経営陣の認識:「個人的な恨みによる通報」 - 被通報者:A氏(経営幹部、業績優秀)
→ 経営陣の認識:「まさかA氏が不正を…」 - 結果:通報内容を精査せず、形式的調査で終了
 
根本問題:
人間である以上、バイアスは完全に排除できません。たとえ規定で「利益相反排除」としても、誰がバイアスを持っているか本人も気づかないことがあります。そして、組織全体が同じバイアスを共有(集団思考)してしまうのです。
もう一つの典型例:品質不正があったR社
「事態が大事になるのを避ける目的で、代表取締役社長や取締役会への報告を行わず」
これは「悪意」ではなく「組織防衛本能」です。
中間管理職の心理:
- 通報を受領(問題を認識)
 - しかし…
- 「自分の部門の管理責任を問われる」
 - 「経営陣に報告すると大事になる」
 - 「まず内々に解決できないか」
 
 - 関係者に口頭注意、形式的是正
 - 経営陣への報告なし
 - 根本原因未解決、不正継続
 
形式的コンプライアンスと実質的機能のパラドックス
これらの事例が示すのは、構造的矛盾です。
【指針の前提】
「適切な制度を設計すれば、不正は発見・是正される」
↓
【現実】
「制度は存在するが、人間と組織文化がそれを無効化する」
具体的には、指針に基づく形式的整備(窓口設置、規程作成、研修実施、記録保管)は行われます。しかし、実際の組織には以下のような壁が存在します。
組織文化の壁
- 「そういうもの」という正常化
 - 上司への忠誠心
 - 同調圧力
 
心理的障壁
- 報復への恐怖
 - 孤立への不安
 - 「大事にしたくない」
 
構造的問題
- 権力の非対称性
 - バイアスの不可避性
 - 組織防衛本能
 
その結果、「義務は履行したが、機能はしていない」という制度の形骸化(チェックボックス・コンプライアンス)に陥るのです。
当事務所のアプローチ:本質に踏み込んだ不正検知・内部通報対応
決定的な欠陥は明らかです。
従来の手法は「何をすべきか」を示します。しかし、「なぜ人はそれをしないのか/できないのか」という人間行動・組織文化の本質には踏み込んでいません。
当事務所では、この本質的な課題に正面から取り組みます。
私たちが提供する価値
1. 組織文化の可視化と変革支援
- 現場の業務に即した具体的な違法行為事例の特定
形式的な研修は行いません。例えば、「うちの部署だと、こういう状況で、こういう言い方をしたらパワハラ(違法)になる可能性がある」のように、みんなが「あ、それウチでもありそう…」と感じる具体的な事例を特定します。これにより、「自分たちの足元のリスク」に気づいてもらうのです。 - 新規採用・異動者からのヒアリングによる問題点の早期発見
感覚が麻痺(まひ)しがちな既存の従業員に頼るだけでは不十分です。むしろ、新しく入った人や異動してきた人の「新鮮な違和感」(例:「前の職場と比べて、なんか変だな」)に注目します。これこそが、古くからある問題点(=通報につながる芽)を見つけるヒントになるからです。 - 同業他社事例の「自分事化」ワークショップ
他社の不祥事を「もし、うちで起きたら?」というシミュレーションを通じます。そうすることで、「うちの部署でも起こり得る」と本気で怖く(=自分事化)なるように促します。 
2. 心理的安全性の実質的確保
- 小規模部署でも通報者を特定されない調査設計の工夫
調査対象を広げたり、時間を置いたりして通報源をぼかす工夫をします。つまり、通報と調査が「1対1」で結びつかないように設計し、特定リスクを低減します。 - 「組織への影響」を懸念する従業員へのメッセージング戦略
「通報=会社への裏切り」という認識を改めます。具体的には、「ボヤのうちに教えてくれることこそが、会社と仲間を『守る』ことになる」という「意味づけ」を会社として強く発信し続けます。 - 匿名性を保ったままコミュニケーション可能な技術的プラットフォームの導入支援
通報者が身元を明かさずに、調査担当者と「双方向のやり取り」(例:追加情報の提供、質問への回答)ができる専用システム(匿名のチャットや秘密の私書箱のような機能)の導入を支援します。 
3. 実効的な周知戦略
- eラーニング依存からの脱却:多層的・反復的な周知設計
eラーニングだけに依存しません。加えて、社内ポスター、イントラネット、各種研修、朝礼など、手を変え品を変え、従業員の目に触れる機会を増やすことで、「いざという時」に思い出せるようにします。 - 「口コミによる認知の歪み」を防ぐナラティブ・コントロール
「どうせ握りつぶされる」といったネガティブな口コミは放置しません。むしろ、「この制度はみんなを守るためにある」という「正しい物語(ナラティブ)」を会社として積極的に発信し、噂を上書きします。 - 運用実績の定期開示による制度への信頼醸成
必要に応じて「今期は〇件の通報があり、〇件で業務改善が行われました」という「運用実績」を(個人情報を伏せた上で)定期的に公表します。このように、「制度が機能している」という事実で信頼を醸成します。 
4. 権力構造を踏まえた調査体制
- 被調査者の地位・影響力を考慮した独立調査チームの編成
調査対象が役員などの場合、社内の力関係が調査を妨げることがあります。そのため、必要に応じてその影響を受けない社外取締役や監査役など、通常のラインから切り離されたメンバーで調査チームを編成します。 - 経営陣・幹部案件での外部専門家の実質的関与
「社外の目」として、弁護士事務所などの外部専門家が調査に参加します。単なるアドバイスだけでなく、調査の中核(ヒアリング、証拠分析など)を担うことで、調査結果の客観性と信頼性を担保します。 - 調査非協力に対する実効的なエスカレーション・プロセス
調査妨害にあった場合、調査チームが「即座に」取締役会や監査役会などの上位機関に「直接報告する」ルールを定めます。さらに、報告を受けた上位機関が「調査協力命令」を出すといった強制力を持たせます。 
5. バイアス対策と客観性の確保
- 通報受領時の初期トリアージ・プロトコル(バイアスチェック含む)
通報を受けた際、「誰が」言ったかで判断してはいけません。そうではなく、「何が」書かれているかで公平に重要度を判断する「振り分け手順(プロトコル)」を整備します。また、「この人はいつも文句ばかり」といった先入観(バイアス)で判断しないよう、チェックする仕組みも手順に組み込みます。 - 複数の視点による評価の多角化
調査担当者一人の思い込みで進むのを防ぐ必要があります。そこで、通報内容の評価や調査方針の決定は、必ず「複数の人」で話し合い、色々な角度(多角)からチェックします。 - 調査担当者への継続的トレーニング(認知バイアス教育)
「自分と似てる人を信じやすい」といった無意識の「思考のクセ」(=認知バイアス)を調査担当者自身が学ぶ研修を継続的に実施します。これにより、「今、決めつけていたかも」と自分で自分のバイアスに気づけるように訓練します。 
おわりに:制度から文化へ
内部通報制度の本当の価値は、「不正を発見する仕組み」ではなく、「不正が起きにくい文化」を創ることにあります。
そして、その文化は法令遵守だけでは決して実現しません。
人間の心理、組織の力学、文化の慣性。これらの本質を理解し、一つひとつ丁寧に対処していくことが必要です。
当事務所は、法令の専門知識だけでは不十分だと考えます。だからこそ、組織心理学、行動経済学、コミュニケーション戦略の知見を統合し、真に機能する内部通報制度の構築を支援します。
形だけのコンプライアンスから、実質的な不正予防へ。
国内外での内部通報制度の実効性向上、不正リスク管理体制の構築について、お気軽にご相談ください。
質問1:内部通報制度が「機能しない」一番の原因とは? 回答: 窓口設置や規程整備といった「形式」だけを整え、通報を妨げる「心理的障壁」や「組織文化」の問題を放置していることが最大の原因です。報復の恐怖や「どうせ変わらない」という諦めが、制度を形骸化させます。
質問2:2025年の公益通報者保護法改正で何が変わりますか? 回答: 300人超の事業者に対し、体制整備の実効性を確保する義務が強化されます。勧告に従わない場合の「命令」や「刑事罰(罰金)」、さらに「立入検査権限」も新設され、形式的な対応では済まされなくなります。
質問3:他社の「外部窓口」サービスとの違いは? 回答: 当事務所は「窓口代行」だけでは終わりません。法令遵守に加え、組織心理学に基づき「なぜ通報されないか」を分析。心理的安全性の確保や組織文化の変革支援まで踏み込み、「真に機能する」制度構築を支援します。
